【ダブルクロス小説】『裏切りのSnow City』 2章 - 4 -
2007年10月31日 自作小説 コメント (3)ちょい時間が開きましたが自作小説の続きです。
これで2章最後ということで、次から3章突入です。
あ、その前に幕間を入れて、簡単に各シンドロームの説明をするカモ。
ダブルクロスWiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B9
/******************************************************/
- 4 -
夕方、学園近くの繁華街は部活帰りの学生や夕食を買いに来た主婦などでにぎやかな喧騒に包まれていた。
しかし、一本路地を入った裏道はその分人通りも無く、大通りの喧騒が微かに聞こえてくる程度。
そんな人通りの少ない裏路地を私服に着替えた騎馬・嵐が歩いていた。
UGNという組織に属する嵐の任務は潜入捜査であり、問題の発生している組織に潜入し、情報を取得するのが目的だ。
嵐の持つ能力は【モルフェウス】シンドロームに属するもので、自分の姿を自由に変えることが出来る。
その為、騒がれずに潜入して情報を収集するという任務には最も適していると言える。
「それにしても…。今回の任務は予想外のことが多いですねぇ…。」
そう呟いて疲れたように嘆息する嵐。
実は昔から輝名学園の周辺では動物のジャームが何度も目撃されていた。
犬、猫、鳥、キツネ、蛇、etc...
それらの目撃情報がいつのまにか学園の七不思議になっていることもあるらしく、UGNでも何度か調査員を派遣していたらしい。
しかし、いざ調査員を派遣して調査を行うと、それまでの目撃情報はぱったりと途絶え、たいした情報が得られないまま、『証拠不十分により、保留』とされてきた。
「青鬼、ですか。」
その情報もこれまでと同様、生徒の噂という形で流れ始めた。
輝名学園の在校生が『鬼』を見たというのだ。
身長2メートルを越える巨体で体のあちこちが節くれだっており、頭頂部には二本の角、全身は青い肌だったという。
初めての人間型生物の目撃情報に対し、UGNは”これまでに無い特異な状況が発生している可能性がある”と判断。
潜入操作の為に嵐が選出された、というわけである。
「しかし…こちらの情報が筒抜けというのは、どうにも気に入らないですね。」
嵐が懐から取り出した紙には嵐と阿美のプロフィールがまとめられていた。
それがただの生徒のプロフィールで無いことは記載されている内容を見れば一目瞭然であった。
氏名や年齢の他に、所属団体やシンドローム、コードネームなど、明らかに彼らをオーヴァードと認識している情報が記載されている。
「あの学園が特殊なのか、それとも何か別な”プラン”が動いているのか…。まぁ、それはともかく。」
ぴたり、と足を止めて周囲を見回す嵐。
既に輝名学園の敷地にも近い住宅街の中、大通りから離れたこともあって、先ほどまでかすかに聞こえていた喧騒もまったくなくなっている。
「…そろそろ出てこられてはいかがですか?」
嵐の言葉に、それまで人の気配などまったくしなかった路地にどこからともなく数人の人間が歩み出てきた。
一様にフルフェイスのヘルメットと体の要所をカヴァーするボディアーマーらしき物を装備しているが、何故か手にした獲物は刀や銃や無手などばらばらだった。
「やれやれ。わたしは戦闘が苦手なんですがねぇ。」
苦笑して身構える嵐。
それを合図に、周囲の風景が微妙に歪み、夕暮れだった空がさらに濃い赤に染まっていく。
ワーディング。
オーヴァードが使用する基本的な能力で、シンドロームによって微妙に異なるが、ある一定の範囲に非オーヴァードが活動出来なくなるフィールドを形成する。
ワーディングの効果内にいる非オーヴァードは意識を失い、ワーディング外の非オーヴァードは無意識のうちにワーディングの範囲内に入らないように行動するようにしてしまうのだ。
「……」
襲撃者のリーダーらしき人物が無言で手を挙げて指示を送ると、他のメンバーは統率された動きで嵐を囲むように移動する。
ワーディング内で活動出来るということは、必然的にオーヴァードであることになるが、嵐は知識としてワーディングを無効にする装備があることを知っていた。
襲撃者の一部は非オーヴァードの可能性もある、ということだ。
(一人くらい捕まえて情報を引き出したところですが、さすがに今の状況では厳しいですねぇ)
慎重に周囲を状況を確認しながら、嵐は脱出の機会を探る。
道の幅は5mほどで、両側は壁の向こうに2階建ての民家が建ち並んでいる。
前方には隊長と思われる人物を含め3人、後方には4人。
隊長と思われる人物は無手だが、その両隣は肩からサブマシンガンを提げており、後方の4人はそれぞれ刀やナイフを構えている。
(前後を突破するよりも、民家側へ逃げ込んだ方が逃げやすいですかね…)
相手に悟られないように周囲の様子を確認しようとしたところで、突然路上に誰何の声が響いた。
「な、なんだお前らそんなとこで何してんだよ!?」
「!?」
ワーディングが機能している状況で一般人の介入などあるわけが無い。
逃走のタイミングを図っていた嵐も、予想外の状況に一瞬動きが止まってしまった。
そこを逃さず嵐の後方に構えていた4人が一斉に攻撃に移る。
それぞれが刀やナイフを手に、微妙にタイミングをずらしながら斬りかかってくるのを寸前でかわす。
「くっ…」
しかし、先ほどの声に気を取られたせいか、全ての攻撃をかわすことが出来ず、右腕が制服の上からざっくりと切り裂かれた。
「騎馬!大丈夫か!?」
「その声は…まさか、井川君ですか…?」
先ほど突然現れた声の主は、拓真だった。
右手で頭を抑えて辛そうな表情を浮かべて、襲撃者の向こうから嵐を心配そうに見つめている。
出血は無いようなので、襲撃者からの攻撃を受けたわけではなさそうだ。
突然の乱入者に驚いているのは、襲撃者も同じらしく、銃を持つ二人が威嚇の為に拓真を牽制しているだけで、直接的な手出しは出来ずにいるらしい。
(ワーディングの中で動けるということは…この資料は本物だったんですね…)
嵐は先ほどの資料に目を落とした。
そこには、嵐と阿美の他にもう1枚のプロフィールがあった。
井川・拓真。
元UGNチルドレン。
事故により暴走した為、記憶封鎖処置を行われる。
処置中に再度暴走し、行方不明。
シンドローム : ハヌマーン/エンジェルハイロウ。
コードネーム : 『シュレーディンガー』
資料に記載された情報を思い出したところで嵐はふと顔を上げた。
(まさか、暴走しかけているということですか…?)
先ほどから頭を抑えて苦痛に顔をしかめている拓真。
記憶封鎖の処置が解けかけているとすると、拓真を止めないと再度能力が暴走する可能性が考えられる。
しかし、事情を知らない襲撃者は、突然現れて何もしない拓真の扱いについて困っているようだった。
「これは、まずいですね…。井川君、気を静めてください!」
嵐が叫ぶが、既に拓真には聞こえていないようだった。
「くそっ、その格好、どこかで…見覚えが…。」
拓真の意識は既に朦朧としており、夢の光景と現実の区別が曖昧となっていた。
夢の中で真っ白な通路で突然現れた兵士達が、今目の前にいる襲撃者達とダブる。
攻撃しなければ、こちらがやられる。
危機感だけが先行し、焦燥感に体が縛られる。
「くそぉぉぉぉぉっ!!」
「!?」
突然の叫びに反応して、襲撃者が拓真に銃を向ける。
瞬間、拓真の手に光を凝縮したような剣が生まれ、驚異的なスピードで突っ込んでくる。
襲撃者達は冷静に突撃する拓真へ向けてサブマシンガンを放つが、捕らえたはずの弾丸は全て拓真の体を素通りした。
「うぉぉぉっ!」
銃撃を無視して拓真が光の剣を一閃すると、太刀筋から巨大な光の刃が生まれ、そのまま襲撃者達に襲い掛かった。
「駄目ぇっ!!」
光の刃がまさに襲撃者に届く瞬間、刃と襲撃者の間に紅い光が空から落ちてきた。
紅い光は拓真の放った光の刃と激突し、一瞬で巨大な刃を消し去る。
「くっ!」
攻撃が消されたことを認識した拓真が再度攻撃のモーションに入る。
振りかぶった光の剣が振り下ろされる瞬間、先ほどの紅い光が弾け、中から輝名学園の制服に身を包んだ阿美が飛び出し、手に持った日本刀で拓真の光の剣を受けきった。
「井川君止めて!」
「え…?日捺…さん…?」
目の前にいるのが阿美であることを認識した拓真の意識が急速に現実に戻ってくる。
さすがに3人目のオーヴァードの登場に、襲撃者達も不利を悟ったのか、リーダーの指示で音も無く路地へと消えていく。
それを見た拓真の肩から力が抜け、同時に光の剣も宙に溶けるように消えていった。
「やれやれ…どうにかなりましたか。いやはや、女性の力は偉大ですねぇ」
少し呆れたような嵐の声が路地に響いていた…。
/******************************************************/
というわけで、微妙に拓真の能力解放してみたりしました。
もうちょっと余分な心理描写削ったり必要な心理描写加えたりしないといけないですねぇ…。
文章の練りがあまあまです。(反省
これで2章最後ということで、次から3章突入です。
あ、その前に幕間を入れて、簡単に各シンドロームの説明をするカモ。
ダブルクロスWiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B9
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夕方、学園近くの繁華街は部活帰りの学生や夕食を買いに来た主婦などでにぎやかな喧騒に包まれていた。
しかし、一本路地を入った裏道はその分人通りも無く、大通りの喧騒が微かに聞こえてくる程度。
そんな人通りの少ない裏路地を私服に着替えた騎馬・嵐が歩いていた。
UGNという組織に属する嵐の任務は潜入捜査であり、問題の発生している組織に潜入し、情報を取得するのが目的だ。
嵐の持つ能力は【モルフェウス】シンドロームに属するもので、自分の姿を自由に変えることが出来る。
その為、騒がれずに潜入して情報を収集するという任務には最も適していると言える。
「それにしても…。今回の任務は予想外のことが多いですねぇ…。」
そう呟いて疲れたように嘆息する嵐。
実は昔から輝名学園の周辺では動物のジャームが何度も目撃されていた。
犬、猫、鳥、キツネ、蛇、etc...
それらの目撃情報がいつのまにか学園の七不思議になっていることもあるらしく、UGNでも何度か調査員を派遣していたらしい。
しかし、いざ調査員を派遣して調査を行うと、それまでの目撃情報はぱったりと途絶え、たいした情報が得られないまま、『証拠不十分により、保留』とされてきた。
「青鬼、ですか。」
その情報もこれまでと同様、生徒の噂という形で流れ始めた。
輝名学園の在校生が『鬼』を見たというのだ。
身長2メートルを越える巨体で体のあちこちが節くれだっており、頭頂部には二本の角、全身は青い肌だったという。
初めての人間型生物の目撃情報に対し、UGNは”これまでに無い特異な状況が発生している可能性がある”と判断。
潜入操作の為に嵐が選出された、というわけである。
「しかし…こちらの情報が筒抜けというのは、どうにも気に入らないですね。」
嵐が懐から取り出した紙には嵐と阿美のプロフィールがまとめられていた。
それがただの生徒のプロフィールで無いことは記載されている内容を見れば一目瞭然であった。
氏名や年齢の他に、所属団体やシンドローム、コードネームなど、明らかに彼らをオーヴァードと認識している情報が記載されている。
「あの学園が特殊なのか、それとも何か別な”プラン”が動いているのか…。まぁ、それはともかく。」
ぴたり、と足を止めて周囲を見回す嵐。
既に輝名学園の敷地にも近い住宅街の中、大通りから離れたこともあって、先ほどまでかすかに聞こえていた喧騒もまったくなくなっている。
「…そろそろ出てこられてはいかがですか?」
嵐の言葉に、それまで人の気配などまったくしなかった路地にどこからともなく数人の人間が歩み出てきた。
一様にフルフェイスのヘルメットと体の要所をカヴァーするボディアーマーらしき物を装備しているが、何故か手にした獲物は刀や銃や無手などばらばらだった。
「やれやれ。わたしは戦闘が苦手なんですがねぇ。」
苦笑して身構える嵐。
それを合図に、周囲の風景が微妙に歪み、夕暮れだった空がさらに濃い赤に染まっていく。
ワーディング。
オーヴァードが使用する基本的な能力で、シンドロームによって微妙に異なるが、ある一定の範囲に非オーヴァードが活動出来なくなるフィールドを形成する。
ワーディングの効果内にいる非オーヴァードは意識を失い、ワーディング外の非オーヴァードは無意識のうちにワーディングの範囲内に入らないように行動するようにしてしまうのだ。
「……」
襲撃者のリーダーらしき人物が無言で手を挙げて指示を送ると、他のメンバーは統率された動きで嵐を囲むように移動する。
ワーディング内で活動出来るということは、必然的にオーヴァードであることになるが、嵐は知識としてワーディングを無効にする装備があることを知っていた。
襲撃者の一部は非オーヴァードの可能性もある、ということだ。
(一人くらい捕まえて情報を引き出したところですが、さすがに今の状況では厳しいですねぇ)
慎重に周囲を状況を確認しながら、嵐は脱出の機会を探る。
道の幅は5mほどで、両側は壁の向こうに2階建ての民家が建ち並んでいる。
前方には隊長と思われる人物を含め3人、後方には4人。
隊長と思われる人物は無手だが、その両隣は肩からサブマシンガンを提げており、後方の4人はそれぞれ刀やナイフを構えている。
(前後を突破するよりも、民家側へ逃げ込んだ方が逃げやすいですかね…)
相手に悟られないように周囲の様子を確認しようとしたところで、突然路上に誰何の声が響いた。
「な、なんだお前らそんなとこで何してんだよ!?」
「!?」
ワーディングが機能している状況で一般人の介入などあるわけが無い。
逃走のタイミングを図っていた嵐も、予想外の状況に一瞬動きが止まってしまった。
そこを逃さず嵐の後方に構えていた4人が一斉に攻撃に移る。
それぞれが刀やナイフを手に、微妙にタイミングをずらしながら斬りかかってくるのを寸前でかわす。
「くっ…」
しかし、先ほどの声に気を取られたせいか、全ての攻撃をかわすことが出来ず、右腕が制服の上からざっくりと切り裂かれた。
「騎馬!大丈夫か!?」
「その声は…まさか、井川君ですか…?」
先ほど突然現れた声の主は、拓真だった。
右手で頭を抑えて辛そうな表情を浮かべて、襲撃者の向こうから嵐を心配そうに見つめている。
出血は無いようなので、襲撃者からの攻撃を受けたわけではなさそうだ。
突然の乱入者に驚いているのは、襲撃者も同じらしく、銃を持つ二人が威嚇の為に拓真を牽制しているだけで、直接的な手出しは出来ずにいるらしい。
(ワーディングの中で動けるということは…この資料は本物だったんですね…)
嵐は先ほどの資料に目を落とした。
そこには、嵐と阿美の他にもう1枚のプロフィールがあった。
井川・拓真。
元UGNチルドレン。
事故により暴走した為、記憶封鎖処置を行われる。
処置中に再度暴走し、行方不明。
シンドローム : ハヌマーン/エンジェルハイロウ。
コードネーム : 『シュレーディンガー』
資料に記載された情報を思い出したところで嵐はふと顔を上げた。
(まさか、暴走しかけているということですか…?)
先ほどから頭を抑えて苦痛に顔をしかめている拓真。
記憶封鎖の処置が解けかけているとすると、拓真を止めないと再度能力が暴走する可能性が考えられる。
しかし、事情を知らない襲撃者は、突然現れて何もしない拓真の扱いについて困っているようだった。
「これは、まずいですね…。井川君、気を静めてください!」
嵐が叫ぶが、既に拓真には聞こえていないようだった。
「くそっ、その格好、どこかで…見覚えが…。」
拓真の意識は既に朦朧としており、夢の光景と現実の区別が曖昧となっていた。
夢の中で真っ白な通路で突然現れた兵士達が、今目の前にいる襲撃者達とダブる。
攻撃しなければ、こちらがやられる。
危機感だけが先行し、焦燥感に体が縛られる。
「くそぉぉぉぉぉっ!!」
「!?」
突然の叫びに反応して、襲撃者が拓真に銃を向ける。
瞬間、拓真の手に光を凝縮したような剣が生まれ、驚異的なスピードで突っ込んでくる。
襲撃者達は冷静に突撃する拓真へ向けてサブマシンガンを放つが、捕らえたはずの弾丸は全て拓真の体を素通りした。
「うぉぉぉっ!」
銃撃を無視して拓真が光の剣を一閃すると、太刀筋から巨大な光の刃が生まれ、そのまま襲撃者達に襲い掛かった。
「駄目ぇっ!!」
光の刃がまさに襲撃者に届く瞬間、刃と襲撃者の間に紅い光が空から落ちてきた。
紅い光は拓真の放った光の刃と激突し、一瞬で巨大な刃を消し去る。
「くっ!」
攻撃が消されたことを認識した拓真が再度攻撃のモーションに入る。
振りかぶった光の剣が振り下ろされる瞬間、先ほどの紅い光が弾け、中から輝名学園の制服に身を包んだ阿美が飛び出し、手に持った日本刀で拓真の光の剣を受けきった。
「井川君止めて!」
「え…?日捺…さん…?」
目の前にいるのが阿美であることを認識した拓真の意識が急速に現実に戻ってくる。
さすがに3人目のオーヴァードの登場に、襲撃者達も不利を悟ったのか、リーダーの指示で音も無く路地へと消えていく。
それを見た拓真の肩から力が抜け、同時に光の剣も宙に溶けるように消えていった。
「やれやれ…どうにかなりましたか。いやはや、女性の力は偉大ですねぇ」
少し呆れたような嵐の声が路地に響いていた…。
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というわけで、微妙に拓真の能力解放してみたりしました。
もうちょっと余分な心理描写削ったり必要な心理描写加えたりしないといけないですねぇ…。
文章の練りがあまあまです。(反省
自作小説続き。
2章の2、3と幕間3です。
2章の3がけっこう長くなっちゃいました…。
ダブルクロスについての詳細は下記のWikiを参照ということで。
・ダブルクロスWiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B9
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2章 - 2 -
放課後。家路についた拓真は前方に見知った姿を見つけ、後ろから声をかけた。
「よぉ、日捺さんも家こっちなんだ?」
「あ、い、井川くん。」
何やら思案中だったらしく、声をかけられたことに慌てる阿美。
「家、引っ越してきたんだよな。どの辺なの?」
「えっと、駅の向こう側に出来た新しいマンションだよ。」
「あのマンションか!けっこう高そうだったけど…。日捺さんってもしかしてお嬢様?」
「ちちち違うよっっ。」
方向がほとんど同じということで、他愛の無い会話をしながら下校する二人。
駅前へと向かう道のりは商店街となっており、夕飯の食材を買いにきた主婦によって賑やかな喧騒の場となっていた。
「…そういえば、いきなり部活誘ったりして悪かったな。何か他にやりたい部活とかあった?」
「うーん…。中学の頃は剣道部に入ってたけど、いろいろと忙しくなっちゃって、今は部活とか何もしてなかったし…。ある意味ちょうどよかったかも。」
阿美は小柄ながら均整の取れた体型で、見た目は確かに文系というよりはスポーツ系に感じる。
素振りをするポーズなどは経験者らしくずいぶんと決まっていた。
「井川くんは……何か部活とかやってなかったの?」
「あー、俺、中学の頃の記憶が無くってなぁ。」
「!」
阿美の表情が凍る。
半歩前を進む拓真は阿美の表情の変化には気づいていないようで、そのまま話を続ける。
「親父の話だと交通事故だかにあって部分的な記憶喪失になったとかいう話でさ。いまいちよく判んないんだよねぇ。」
「そ、そうなんだ…。ごめんね。そんな辛いこと思い出させちゃって…。」
「あぁ、いや別に辛いとかそういうことは無いから。そもそも中学は東京の学校に行ってたから、こっちでは別にその時の記憶があるとか無いとかあんま関係無いしさ。」
「うん…。もう今はなんとも無いの?」
「今はもう痛みも何も無い…けど…」
「…けど?」
「こっちに戻ってきてから、どこか夢うつつというか…いつもの日常が薄いカーテンの向こうに映る映像みたいに感じることがあってさ。」
「……」
拓真の後ろを無言で続く阿美。
「今見てるのは夢なんじゃないか。ほんとはまだ交通事故で病院で意識不明になってるんじゃないか、ってそう思う時があるんだ。」
「夢…だったらどんなに楽だろうね…」
「…え?」
ぽつりと呟いた阿美の台詞が聞き取れずに聞き返す拓真。
振り返ると阿美は拓真の数メートル後ろで立ち止まっていた。
「ごめん、何でもないよっ。ボクの家こっちだから、また明日ね!」
「お、おう。」
スカートを翻しながら分かれ道を曲がって走っていく阿美を、拓真は呆然と見送っていた。
「…あぁ、くそっ!」
阿美の姿が見えなくなってから、拓真は苛立たしげに道端の電柱を蹴飛ばした。
「宇星のやつにも話してないのに、なんであんな話いきなりしちまったんだ…。」
交通事故にあって記憶喪失という話は既に宇星にもしてある。
が、夢うつつ云々の話はあまりにも漠然とした不安感である為、これまでずっと頭の中で意識しないように努めてきた。
それをいとも簡単に吐露してしまったのは、阿美に感じた既視感のせいであろうか。
困惑しつつも、頭の中のもやもやを振り払うように、拓真は足早に家へと歩き出した。
しかし、その答えは、思いのほか拓真のすぐそばまで近づいていた…。
2章 - 3 -
次の日の昼休み。
拓真、宇星、阿美の3人は生徒会室の前にいた。
部員3名以上+顧問の先生という部活設立の最低条件を満たしたので、生徒会長の承認をもらいにきたのだ。
「…なぁ、今更なんだけどさ。」
「何?たっくん。」
「たっくんは…いや、それは置いといて、だ。普通部活を作る時って、同好会から始めてある程度期間を重ねて部活に昇進したりするんじゃないのか?いきなり部活始めさせてください、って通じるのかよ。」
確かに今更な疑問である。
「それはだいじょーぶ。ちゃんと確認してあるから。」
「そうなのか…。それともう一つ疑問なんだが、何で部活設立の承認が生徒会長なんだ?普通先生の誰かじゃないのか?」
さらに今更な疑問である。
阿美も同様の疑問を持ったようで、拓真の横でうんうんと頷いている。
「それがねぇ。うちの学校って生徒会の権限が異常に高いのよ。」
「権限が高いって…どれくらい?」
「…下手すると校長と同じくらい。」
「いやもう意味わかんねーよ。どこの漫画だそれ。」
呆れ顔の拓真。
いくら生徒の代表とはいえ、生徒が校長と同じくらいの権限を持つというのでは学校としてのルールが根底から覆されかねない。
だが、この学園は設立時のとある取り決めにより、生徒会及び生徒会長に特別な権限を与えられているらしい。
それが何故なのか、どのような権限があるのかは、当の生徒会メンバーと一部の先生しか知らないとのもっぱらの噂だ。
「まぁいいからいいから。とにかく部活の新設には生徒会長の許可がいるんだから、さっさと行くわよ。」
そう言って宇星が生徒会室の扉をノックしてからドアを開けて中を覗き込む。
ドアの中は会議で使われると思われるスペースで、楕円系に配置された机と椅子が並べられていた。
今は特に会議などは行われていないらしく、がらんとした部屋の奥の方で女性が一人本を読んでいる。
「あら…綾茉さんに井川くん。それに日捺さんまで。何か御用ですか?」
生徒会室に入ってきた3人に気が付いた女性が声をかけてくる。
奥にいた女性は、拓真達と同じクラスの生徒会副会長、真彩・李佳(まあや・りか)だった。
少し緑がかった黒髪をショートカットにしており、くりっとした目が特徴的な女性だ。
県外でも有名な会社のご令嬢だそうだが、本人は至って質素で、物腰の柔らかさや品の良い態度から、純和風のお嬢様として有名である。
「あの、じつは部活を新設したくて生徒会長の許可をもらいに…。」
「あら。このあいだクラスで話していた探偵部、メンバーが揃ったんですか?それはよかったですねぇ。」
まるで自分のことのようにうれしそうに笑う李佳。
「私も生徒会の仕事が無ければ参加したかったのですけど…。」
「それなら名前だけでも登録しておいて、時間のある時だけ自由参加でもいいじゃないですか?」
「そうね…。今度会長に相談してみるわね。」
そう言って李佳は読んでいた小説のページにしおりを挟むと、部屋の奥へと手招きした。
「こっちの扉の向こうが生徒会長の部屋。さっき打ち合わせも終わったから今なら大丈夫よ。」
李佳の案内に促され、ぞろぞろと部屋の奥に向かう3人。
とても校舎の一部とは思えない豪華な扉をノックすると、扉の上に設置されたスピーカーから『どうぞー』という少年の声が聞こえた。
「…どこの社長室だよ…」
「この部屋は防音になってるから中からの声が聞こえないの。それであんな装置を付けたんだそうですよ。」
小声で突っ込んだ拓真に李佳が苦笑しながら説明する。
どんだけ秘密満載なんだか、と今度は心の中でつぶやきつつ、拓真達は生徒会長室の中に入った。
「やぁ、いらっしゃい。狭いところだけどどーぞどーぞ。」
部屋の中はまるで社長室や校長室といった雰囲気だった。
幅6メートル、奥行き8メートルほどの縦長の部屋で、奥の壁に大きな窓があるが、どうやらはめ殺しとなっているようだ。
部屋の奥には大きなデスクが1つあり、上には大量の書類が置いてある。
壁にはこれまでに学園が授与されたと思われる賞状などがずらりと並んでいた。
部屋の主、輝名学園高校生徒会長の神宮寺・誠(じんぐうじ・まこと)が机の向こうで手招きをしている。
「失礼します。」
初めて入った生徒会長室をきょろきょろと見回しながら3人は机の前に並んだ。
机の向こうには椅子に座った生徒会長の他にもう一人。鮮やかな金髪に大きな赤いリボンには拓真も見覚えがあった。
生徒会の初任演説で挨拶をしていたもう一人の生徒会副会長、由唯・一美(ゆい・かずみ)だ。
生徒会長の誠を中心に向かって左に一美、右に李佳が立っている。
「えっと、今日こちらに伺ったのは…」
「うん、新しい部活の申請でしょ?」
しゃべりかけた宇星を遮ってこちらの目的をずばりと言い切る誠。
「うぉ、さすが学園きっての天才児。既にお見通しかよ…。」
誠は小柄で幼い顔立ちのため、ともすれば中学生に間違われることもあるが、学園の入学試験で過去最高点数を記録したという噂の天才児だった。
「いや単に向こうの会議室の声が全部この部屋に筒抜けなだけ。」
「は??」
「…さっき李佳が説明してたでしょ。壁も扉も防音になってるから部屋の外の声が何も聞こえないのよ。だからマイクが付いてて会議室の声を部屋の中で聞けるようになってるの。」
誠に続き一美が補足を入れる。
「…俺はもう校長室に隠しカメラが設置してるって言われても驚かないぞ…」
「ははっ。それは、知らない方が身の為だと思うよ?」
屈託無く笑いながらフォローにならないフォローをする誠。
「それじゃ提出資料を頂戴。内容確認するから。」
誠に促され、宇星は部員の氏名やクラス、担当の教師名などの情報が書かれた資料を机に置く。
それをじっくりと眺めながら誠は楽しそうに言った。
「設立目的が『校内の安全・風紀を守る為の情報収集及び風評調査』ってすごいね。これ普通に先生に見せたら怒られると思うよ?」
そういう割りに、誠の表情は責めるわけでも無く、逆にそれを喜んでいるようだった。
「ま、確かに最近中高生の自殺や殺害事件がニュースでもてはやされてるもんねぇ。こういう『生徒にしか伝わらない情報』を生徒自身が収集・調査を行うのもおもしろいかもね。」
「え?じゃ、じゃぁ…」
誠の口ぶりに承認の匂いを感じ取った宇星が勢い込む。
誠は持っていた資料を机に下ろし、脇に置かれた四角い判子をぺたん、と押して言った。
「はい、承認ね。」
『えぇっ!?』
驚きの声が二箇所から上がった。
一箇所はあまりのあっけなさに驚いた琢磨。
もう一箇所は誠の横に立つ一美だった。
「…失礼しました。」
ふぃ、と横を向いてごまかす一美。
どうやら生徒会としても、今の誠の行動は想定外だったようだ。
「ま、承認はするんだけど、ちょっとお願いがあるんだけど…いいかな?」
「生徒会長から…お願い、ですか。」
「いやそんなたいしたことじゃないんだけどね?…何かの時に、生徒会からの調査依頼を受けて欲しいんだ。」
「ふむぅ…」
確かに、このまま普通に部活動が承認されたとして、活動はあくまで個人的な趣味の範囲を超えることは無い。
しかし、この申し出を受けるということは、部活動というよりも学校管理の委員会に近い組織活動となってしまうのではないだろうか。
そんな拓真の懸念を察してか、誠がフォローを入れる。
「調査依頼といっても、生徒会長である僕個人からのお願いに近いかな。学校組織というしがらみは無いけど、逆にうしろだても無い。」
「いや、それが普通だろ。俺達は別に学校や生徒会の使いっぱしりになりたいわけじゃ無い。」
ずばりと言い切る拓真を一美が鋭い視線で睨みつけた。
それを無視して拓真が続ける。
「それに、お願いを聞くんだから、それなりに見返りがもらえると思っていいんだろ?」
拓真の言葉に一美の目がすっと細められる。
二人の間に流れる緊迫感に宇星と阿美は何も言えずにおろおろとしていた。
逆に誠と美佳は先ほどからにこにこと笑っている。
「ま、たいしたお礼は出来ないけどね。部費にそれなりに色を付けることくらいは出来ると思うよ?」
「いや充分たいしたことだろそれは。というかいいのかそんなこと勝手にやって。」
言われた内容に思わず突っ込みを入れる拓真。
さすがの一美も今の誠の発言には呆れ顔だ。
「その辺はこちらの話だから君らは気にしない気にしない。ま、そんなわけで、何かあった時にはよろしく。」
誠の言葉に、拓真達三人は顔を見合わせる…が、特に反論も無いので、素直に喜ぶことにする。
「それでは失礼しますー。」
承認印の付いた資料を手に、三人は喜び勇んで生徒会室を退出した。
「…会長!何故あんな物を認めたんですか!?」
拓真達が部屋を出て行くなり、ばん!と机を叩いて激昂する一美。
「まぁまぁ、一美ちゃん落ち着いて。」
「これが落ち着いていられますかっ!」
美佳がのんびりとなだめるが、一美の怒りは一向に収まる気配が無い。
そうとう拓真の態度が気に入らなかったらしい。
「あー…ちゃんと説明するからとりあえず落ち着いてよー。ね?ね?」
誠が冷や汗をかきながら宥める。
「…じゃぁきちんと説明して下さいな。」
まだ怒りが収まりきらないといった雰囲気だが、それでも話を聞く気にはなっているらしい。
誠も苦笑しつつ説明を始める。
「まずは順を追って説明しないといけないんだけど…由唯さんも真彩さんも柔剣部って知ってるよね?」
「…!」
「…それは…えぇ、知ってますわ…」
柔剣部。それは学園設立当時から存在していた由緒正しい部活で、柔術、剣術といった古武術の鍛錬を行う為に設立された部活であった。
一美や李佳の兄・姉が在学中に在籍していた部活でもある。
「実はね、この学園にはある秘密があるんだ。それは代々生徒会長に引き継がれていることなんだけどね。」
「生徒会長に…?校長ではなく?」
「そう。それはこの学園が設立された当時の生徒会長が発見したから。それ以来、生徒会はその秘密を守り続ける為に特別な組織になったんだ。」
「それって、もしかして…」
「生徒会メンバーは、オーヴァードで構成されるようになった…。」
「正解ー♪」
李佳の言葉に楽しげに頷く誠。
「でも、それと柔剣部と今回の探偵部と何の関係がありますの?」
「まぁまぁ、順番に説明するってば。まず柔剣部なんだけど、元々この部活は表立って動きづらい生徒会に代わって様々な活動を行う為のメンバーを集める為に設立されたんだ。」
『!』
誠の言葉に驚きつつも納得した表情を浮かべる二人。
「だから由唯さん達のお兄さんやお姉さん達が柔剣部に在籍してたってわけ。お二人ともオーヴァードだったからねぇ。」
「そういうことでしたの…。」
「ですが、柔剣部は5年ほど前に廃部になったと聞きましたが?」
美佳が疑問の言葉を上げる。
柔剣部は学園設立以来続いていたが、5年前に傷害事件を起こしたという理由で廃部となっていた。
「それは…当時、ある事件によって生徒会のメンバーが全員行方不明になってね…。そのせいで、生徒会の意味も柔剣部の意味も判らず、それを復帰させることが出来なかったせいなんだよ。」
当時の行方不明事件はニュースにも報じられたが、結局犯人も原因も判らないまま現在に至っている。
「結局、去年の生徒会長のお兄さんが過去にこの学園で生徒会長をやっていたことがあったおかげで、生徒会の持つ秘密を再び継続させることが出来た、ってわけ。」
「なるほど、そんなことが……。って、誠くんもしかして探偵部って…。」
何かに気づいた一美が驚きの表情を浮かべる。
誠はそんな一美ににこにことうれしそうに言った。
「そ。彼らは柔剣部の代わり。人数は少ないけど、まずはオーヴァードがいるってことと、学園内の調査を行えることが重なった偶然を逃す手はないでしょ。」
そう言って誠は机の引き出しから三枚の写真を取り出して机の上に並べた。
「これは…!」
どの写真もかなり遠い距離から望遠で撮影されたと思われた。
一枚目には教室で本を読む騎馬・嵐が、二枚目には校門の前を走りぬけようとする日捺・阿美が写っている。
そして三枚目には、体育の授業を受けているとおぼしき井川・拓真の姿があった。
- 幕間3 -
『オーヴァード』
生物に感染したレネゲイドウィルスが活性化した結果、常識外の能力を持ったものを指す。
名称の由来は不明。
オーヴァードが持つ特殊な能力は、現在までの研究で以下の12種類に分類される。
これを『シンドローム』と呼ぶ。
・エンジェルハイロウ
・ブラックドッグ
・エグザイル
・キュマイラ
・ハヌマーン
・サラマンダー
・ブラムストーカー
・ソラリス
・ノイマン
・オルクス
・モルフェウス
・バロール
通常、オーヴァードは上記12種類のうち、1つないしは2つのシンドロームに属する能力を使用することが出来る。
シンドロームの種類により、オーヴァードは炎や氷や光を操る、肉体を自在に変化させる、重力を制御する、といった様々な能力を使用することが出来る。
しかし、これらの能力を使用すると、体内のレネゲイドウィルスがさらに活性化を続け、最終的にはレネゲイドウィルスに支配されてしまう。
この現象を『ジャーム化』と呼ぶ。
一度『ジャーム化』した生物を、『ジャーム化』以前の状態に戻す方法は現在発見されていない。
- UGN内レネゲイドウィルス研究班資料より抜粋 -
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ようやく主要メンバーが出揃ってきました。
…が、実は今更ながら一番大事なキャラがまだ未登場だということに気が付いてみたり。( ̄▽ ̄;
拓真達とは違うクラスって設定にしたせいでこれまでに登場の機会を失ってました…。
3章の頭で登場させ…る予定です。
生徒会三人衆も登場。
今回は秘密をばらまくだけばらまいてお終いという役回りですw
ここから先は探偵部の面々を主にストーリーが進んでいきますので。
2章の2、3と幕間3です。
2章の3がけっこう長くなっちゃいました…。
ダブルクロスについての詳細は下記のWikiを参照ということで。
・ダブルクロスWiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B9
/******************************************************/
2章 - 2 -
放課後。家路についた拓真は前方に見知った姿を見つけ、後ろから声をかけた。
「よぉ、日捺さんも家こっちなんだ?」
「あ、い、井川くん。」
何やら思案中だったらしく、声をかけられたことに慌てる阿美。
「家、引っ越してきたんだよな。どの辺なの?」
「えっと、駅の向こう側に出来た新しいマンションだよ。」
「あのマンションか!けっこう高そうだったけど…。日捺さんってもしかしてお嬢様?」
「ちちち違うよっっ。」
方向がほとんど同じということで、他愛の無い会話をしながら下校する二人。
駅前へと向かう道のりは商店街となっており、夕飯の食材を買いにきた主婦によって賑やかな喧騒の場となっていた。
「…そういえば、いきなり部活誘ったりして悪かったな。何か他にやりたい部活とかあった?」
「うーん…。中学の頃は剣道部に入ってたけど、いろいろと忙しくなっちゃって、今は部活とか何もしてなかったし…。ある意味ちょうどよかったかも。」
阿美は小柄ながら均整の取れた体型で、見た目は確かに文系というよりはスポーツ系に感じる。
素振りをするポーズなどは経験者らしくずいぶんと決まっていた。
「井川くんは……何か部活とかやってなかったの?」
「あー、俺、中学の頃の記憶が無くってなぁ。」
「!」
阿美の表情が凍る。
半歩前を進む拓真は阿美の表情の変化には気づいていないようで、そのまま話を続ける。
「親父の話だと交通事故だかにあって部分的な記憶喪失になったとかいう話でさ。いまいちよく判んないんだよねぇ。」
「そ、そうなんだ…。ごめんね。そんな辛いこと思い出させちゃって…。」
「あぁ、いや別に辛いとかそういうことは無いから。そもそも中学は東京の学校に行ってたから、こっちでは別にその時の記憶があるとか無いとかあんま関係無いしさ。」
「うん…。もう今はなんとも無いの?」
「今はもう痛みも何も無い…けど…」
「…けど?」
「こっちに戻ってきてから、どこか夢うつつというか…いつもの日常が薄いカーテンの向こうに映る映像みたいに感じることがあってさ。」
「……」
拓真の後ろを無言で続く阿美。
「今見てるのは夢なんじゃないか。ほんとはまだ交通事故で病院で意識不明になってるんじゃないか、ってそう思う時があるんだ。」
「夢…だったらどんなに楽だろうね…」
「…え?」
ぽつりと呟いた阿美の台詞が聞き取れずに聞き返す拓真。
振り返ると阿美は拓真の数メートル後ろで立ち止まっていた。
「ごめん、何でもないよっ。ボクの家こっちだから、また明日ね!」
「お、おう。」
スカートを翻しながら分かれ道を曲がって走っていく阿美を、拓真は呆然と見送っていた。
「…あぁ、くそっ!」
阿美の姿が見えなくなってから、拓真は苛立たしげに道端の電柱を蹴飛ばした。
「宇星のやつにも話してないのに、なんであんな話いきなりしちまったんだ…。」
交通事故にあって記憶喪失という話は既に宇星にもしてある。
が、夢うつつ云々の話はあまりにも漠然とした不安感である為、これまでずっと頭の中で意識しないように努めてきた。
それをいとも簡単に吐露してしまったのは、阿美に感じた既視感のせいであろうか。
困惑しつつも、頭の中のもやもやを振り払うように、拓真は足早に家へと歩き出した。
しかし、その答えは、思いのほか拓真のすぐそばまで近づいていた…。
2章 - 3 -
次の日の昼休み。
拓真、宇星、阿美の3人は生徒会室の前にいた。
部員3名以上+顧問の先生という部活設立の最低条件を満たしたので、生徒会長の承認をもらいにきたのだ。
「…なぁ、今更なんだけどさ。」
「何?たっくん。」
「たっくんは…いや、それは置いといて、だ。普通部活を作る時って、同好会から始めてある程度期間を重ねて部活に昇進したりするんじゃないのか?いきなり部活始めさせてください、って通じるのかよ。」
確かに今更な疑問である。
「それはだいじょーぶ。ちゃんと確認してあるから。」
「そうなのか…。それともう一つ疑問なんだが、何で部活設立の承認が生徒会長なんだ?普通先生の誰かじゃないのか?」
さらに今更な疑問である。
阿美も同様の疑問を持ったようで、拓真の横でうんうんと頷いている。
「それがねぇ。うちの学校って生徒会の権限が異常に高いのよ。」
「権限が高いって…どれくらい?」
「…下手すると校長と同じくらい。」
「いやもう意味わかんねーよ。どこの漫画だそれ。」
呆れ顔の拓真。
いくら生徒の代表とはいえ、生徒が校長と同じくらいの権限を持つというのでは学校としてのルールが根底から覆されかねない。
だが、この学園は設立時のとある取り決めにより、生徒会及び生徒会長に特別な権限を与えられているらしい。
それが何故なのか、どのような権限があるのかは、当の生徒会メンバーと一部の先生しか知らないとのもっぱらの噂だ。
「まぁいいからいいから。とにかく部活の新設には生徒会長の許可がいるんだから、さっさと行くわよ。」
そう言って宇星が生徒会室の扉をノックしてからドアを開けて中を覗き込む。
ドアの中は会議で使われると思われるスペースで、楕円系に配置された机と椅子が並べられていた。
今は特に会議などは行われていないらしく、がらんとした部屋の奥の方で女性が一人本を読んでいる。
「あら…綾茉さんに井川くん。それに日捺さんまで。何か御用ですか?」
生徒会室に入ってきた3人に気が付いた女性が声をかけてくる。
奥にいた女性は、拓真達と同じクラスの生徒会副会長、真彩・李佳(まあや・りか)だった。
少し緑がかった黒髪をショートカットにしており、くりっとした目が特徴的な女性だ。
県外でも有名な会社のご令嬢だそうだが、本人は至って質素で、物腰の柔らかさや品の良い態度から、純和風のお嬢様として有名である。
「あの、じつは部活を新設したくて生徒会長の許可をもらいに…。」
「あら。このあいだクラスで話していた探偵部、メンバーが揃ったんですか?それはよかったですねぇ。」
まるで自分のことのようにうれしそうに笑う李佳。
「私も生徒会の仕事が無ければ参加したかったのですけど…。」
「それなら名前だけでも登録しておいて、時間のある時だけ自由参加でもいいじゃないですか?」
「そうね…。今度会長に相談してみるわね。」
そう言って李佳は読んでいた小説のページにしおりを挟むと、部屋の奥へと手招きした。
「こっちの扉の向こうが生徒会長の部屋。さっき打ち合わせも終わったから今なら大丈夫よ。」
李佳の案内に促され、ぞろぞろと部屋の奥に向かう3人。
とても校舎の一部とは思えない豪華な扉をノックすると、扉の上に設置されたスピーカーから『どうぞー』という少年の声が聞こえた。
「…どこの社長室だよ…」
「この部屋は防音になってるから中からの声が聞こえないの。それであんな装置を付けたんだそうですよ。」
小声で突っ込んだ拓真に李佳が苦笑しながら説明する。
どんだけ秘密満載なんだか、と今度は心の中でつぶやきつつ、拓真達は生徒会長室の中に入った。
「やぁ、いらっしゃい。狭いところだけどどーぞどーぞ。」
部屋の中はまるで社長室や校長室といった雰囲気だった。
幅6メートル、奥行き8メートルほどの縦長の部屋で、奥の壁に大きな窓があるが、どうやらはめ殺しとなっているようだ。
部屋の奥には大きなデスクが1つあり、上には大量の書類が置いてある。
壁にはこれまでに学園が授与されたと思われる賞状などがずらりと並んでいた。
部屋の主、輝名学園高校生徒会長の神宮寺・誠(じんぐうじ・まこと)が机の向こうで手招きをしている。
「失礼します。」
初めて入った生徒会長室をきょろきょろと見回しながら3人は机の前に並んだ。
机の向こうには椅子に座った生徒会長の他にもう一人。鮮やかな金髪に大きな赤いリボンには拓真も見覚えがあった。
生徒会の初任演説で挨拶をしていたもう一人の生徒会副会長、由唯・一美(ゆい・かずみ)だ。
生徒会長の誠を中心に向かって左に一美、右に李佳が立っている。
「えっと、今日こちらに伺ったのは…」
「うん、新しい部活の申請でしょ?」
しゃべりかけた宇星を遮ってこちらの目的をずばりと言い切る誠。
「うぉ、さすが学園きっての天才児。既にお見通しかよ…。」
誠は小柄で幼い顔立ちのため、ともすれば中学生に間違われることもあるが、学園の入学試験で過去最高点数を記録したという噂の天才児だった。
「いや単に向こうの会議室の声が全部この部屋に筒抜けなだけ。」
「は??」
「…さっき李佳が説明してたでしょ。壁も扉も防音になってるから部屋の外の声が何も聞こえないのよ。だからマイクが付いてて会議室の声を部屋の中で聞けるようになってるの。」
誠に続き一美が補足を入れる。
「…俺はもう校長室に隠しカメラが設置してるって言われても驚かないぞ…」
「ははっ。それは、知らない方が身の為だと思うよ?」
屈託無く笑いながらフォローにならないフォローをする誠。
「それじゃ提出資料を頂戴。内容確認するから。」
誠に促され、宇星は部員の氏名やクラス、担当の教師名などの情報が書かれた資料を机に置く。
それをじっくりと眺めながら誠は楽しそうに言った。
「設立目的が『校内の安全・風紀を守る為の情報収集及び風評調査』ってすごいね。これ普通に先生に見せたら怒られると思うよ?」
そういう割りに、誠の表情は責めるわけでも無く、逆にそれを喜んでいるようだった。
「ま、確かに最近中高生の自殺や殺害事件がニュースでもてはやされてるもんねぇ。こういう『生徒にしか伝わらない情報』を生徒自身が収集・調査を行うのもおもしろいかもね。」
「え?じゃ、じゃぁ…」
誠の口ぶりに承認の匂いを感じ取った宇星が勢い込む。
誠は持っていた資料を机に下ろし、脇に置かれた四角い判子をぺたん、と押して言った。
「はい、承認ね。」
『えぇっ!?』
驚きの声が二箇所から上がった。
一箇所はあまりのあっけなさに驚いた琢磨。
もう一箇所は誠の横に立つ一美だった。
「…失礼しました。」
ふぃ、と横を向いてごまかす一美。
どうやら生徒会としても、今の誠の行動は想定外だったようだ。
「ま、承認はするんだけど、ちょっとお願いがあるんだけど…いいかな?」
「生徒会長から…お願い、ですか。」
「いやそんなたいしたことじゃないんだけどね?…何かの時に、生徒会からの調査依頼を受けて欲しいんだ。」
「ふむぅ…」
確かに、このまま普通に部活動が承認されたとして、活動はあくまで個人的な趣味の範囲を超えることは無い。
しかし、この申し出を受けるということは、部活動というよりも学校管理の委員会に近い組織活動となってしまうのではないだろうか。
そんな拓真の懸念を察してか、誠がフォローを入れる。
「調査依頼といっても、生徒会長である僕個人からのお願いに近いかな。学校組織というしがらみは無いけど、逆にうしろだても無い。」
「いや、それが普通だろ。俺達は別に学校や生徒会の使いっぱしりになりたいわけじゃ無い。」
ずばりと言い切る拓真を一美が鋭い視線で睨みつけた。
それを無視して拓真が続ける。
「それに、お願いを聞くんだから、それなりに見返りがもらえると思っていいんだろ?」
拓真の言葉に一美の目がすっと細められる。
二人の間に流れる緊迫感に宇星と阿美は何も言えずにおろおろとしていた。
逆に誠と美佳は先ほどからにこにこと笑っている。
「ま、たいしたお礼は出来ないけどね。部費にそれなりに色を付けることくらいは出来ると思うよ?」
「いや充分たいしたことだろそれは。というかいいのかそんなこと勝手にやって。」
言われた内容に思わず突っ込みを入れる拓真。
さすがの一美も今の誠の発言には呆れ顔だ。
「その辺はこちらの話だから君らは気にしない気にしない。ま、そんなわけで、何かあった時にはよろしく。」
誠の言葉に、拓真達三人は顔を見合わせる…が、特に反論も無いので、素直に喜ぶことにする。
「それでは失礼しますー。」
承認印の付いた資料を手に、三人は喜び勇んで生徒会室を退出した。
「…会長!何故あんな物を認めたんですか!?」
拓真達が部屋を出て行くなり、ばん!と机を叩いて激昂する一美。
「まぁまぁ、一美ちゃん落ち着いて。」
「これが落ち着いていられますかっ!」
美佳がのんびりとなだめるが、一美の怒りは一向に収まる気配が無い。
そうとう拓真の態度が気に入らなかったらしい。
「あー…ちゃんと説明するからとりあえず落ち着いてよー。ね?ね?」
誠が冷や汗をかきながら宥める。
「…じゃぁきちんと説明して下さいな。」
まだ怒りが収まりきらないといった雰囲気だが、それでも話を聞く気にはなっているらしい。
誠も苦笑しつつ説明を始める。
「まずは順を追って説明しないといけないんだけど…由唯さんも真彩さんも柔剣部って知ってるよね?」
「…!」
「…それは…えぇ、知ってますわ…」
柔剣部。それは学園設立当時から存在していた由緒正しい部活で、柔術、剣術といった古武術の鍛錬を行う為に設立された部活であった。
一美や李佳の兄・姉が在学中に在籍していた部活でもある。
「実はね、この学園にはある秘密があるんだ。それは代々生徒会長に引き継がれていることなんだけどね。」
「生徒会長に…?校長ではなく?」
「そう。それはこの学園が設立された当時の生徒会長が発見したから。それ以来、生徒会はその秘密を守り続ける為に特別な組織になったんだ。」
「それって、もしかして…」
「生徒会メンバーは、オーヴァードで構成されるようになった…。」
「正解ー♪」
李佳の言葉に楽しげに頷く誠。
「でも、それと柔剣部と今回の探偵部と何の関係がありますの?」
「まぁまぁ、順番に説明するってば。まず柔剣部なんだけど、元々この部活は表立って動きづらい生徒会に代わって様々な活動を行う為のメンバーを集める為に設立されたんだ。」
『!』
誠の言葉に驚きつつも納得した表情を浮かべる二人。
「だから由唯さん達のお兄さんやお姉さん達が柔剣部に在籍してたってわけ。お二人ともオーヴァードだったからねぇ。」
「そういうことでしたの…。」
「ですが、柔剣部は5年ほど前に廃部になったと聞きましたが?」
美佳が疑問の言葉を上げる。
柔剣部は学園設立以来続いていたが、5年前に傷害事件を起こしたという理由で廃部となっていた。
「それは…当時、ある事件によって生徒会のメンバーが全員行方不明になってね…。そのせいで、生徒会の意味も柔剣部の意味も判らず、それを復帰させることが出来なかったせいなんだよ。」
当時の行方不明事件はニュースにも報じられたが、結局犯人も原因も判らないまま現在に至っている。
「結局、去年の生徒会長のお兄さんが過去にこの学園で生徒会長をやっていたことがあったおかげで、生徒会の持つ秘密を再び継続させることが出来た、ってわけ。」
「なるほど、そんなことが……。って、誠くんもしかして探偵部って…。」
何かに気づいた一美が驚きの表情を浮かべる。
誠はそんな一美ににこにことうれしそうに言った。
「そ。彼らは柔剣部の代わり。人数は少ないけど、まずはオーヴァードがいるってことと、学園内の調査を行えることが重なった偶然を逃す手はないでしょ。」
そう言って誠は机の引き出しから三枚の写真を取り出して机の上に並べた。
「これは…!」
どの写真もかなり遠い距離から望遠で撮影されたと思われた。
一枚目には教室で本を読む騎馬・嵐が、二枚目には校門の前を走りぬけようとする日捺・阿美が写っている。
そして三枚目には、体育の授業を受けているとおぼしき井川・拓真の姿があった。
- 幕間3 -
『オーヴァード』
生物に感染したレネゲイドウィルスが活性化した結果、常識外の能力を持ったものを指す。
名称の由来は不明。
オーヴァードが持つ特殊な能力は、現在までの研究で以下の12種類に分類される。
これを『シンドローム』と呼ぶ。
・エンジェルハイロウ
・ブラックドッグ
・エグザイル
・キュマイラ
・ハヌマーン
・サラマンダー
・ブラムストーカー
・ソラリス
・ノイマン
・オルクス
・モルフェウス
・バロール
通常、オーヴァードは上記12種類のうち、1つないしは2つのシンドロームに属する能力を使用することが出来る。
シンドロームの種類により、オーヴァードは炎や氷や光を操る、肉体を自在に変化させる、重力を制御する、といった様々な能力を使用することが出来る。
しかし、これらの能力を使用すると、体内のレネゲイドウィルスがさらに活性化を続け、最終的にはレネゲイドウィルスに支配されてしまう。
この現象を『ジャーム化』と呼ぶ。
一度『ジャーム化』した生物を、『ジャーム化』以前の状態に戻す方法は現在発見されていない。
- UGN内レネゲイドウィルス研究班資料より抜粋 -
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ようやく主要メンバーが出揃ってきました。
…が、実は今更ながら一番大事なキャラがまだ未登場だということに気が付いてみたり。( ̄▽ ̄;
拓真達とは違うクラスって設定にしたせいでこれまでに登場の機会を失ってました…。
3章の頭で登場させ…る予定です。
生徒会三人衆も登場。
今回は秘密をばらまくだけばらまいてお終いという役回りですw
ここから先は探偵部の面々を主にストーリーが進んでいきますので。
久しぶりに小説の続き更新です。
前回1章が終了したので、幕間2と2章の1をまとめて放出。
幕間2はもっといろいろと書こうと思ってたんですが、それだと幕間じゃなくなっちゃうんでこのくらいで。( ̄▽ ̄;
ダブルクロスについての詳細は下記のWikiを参照ということで。
・ダブルクロスWiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B9
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- 幕間2 -
夜。
既に深夜0時を過ぎ、校舎内は日中の騒がしさを想像出来ないほど静まり返っていた。
用務員の見回りも終わり、戸締りがされた校舎内には誰も残っていない…はずの校内で足音がした。
校舎から少し離れた位置にある体育館。
室内プールや部活棟とも繋がる通路を一人の女学生が歩いていた。
緩いウェーブのかかった金髪のロングヘアーを腰まで伸ばし、背筋をピンと伸ばして歩くさまは一見してお嬢様然とした雰囲気をかもし出している。
彼女は輝名学院高校指定の制服のポケットから真っ白な携帯電話を取り出し、歩を緩めずにどこかへと電話をかける。
「…誠くん?こちらは準備完了よ。いつでも始めて頂戴。」
最早声のみ聞けば名乗る必要も無しとばかりに要件のみを突きつける。
電話の相手もそれは承知しているようで、特に気にもかけずに話を続けた。
『りょーかい。真彩さんの方も準備は完了してるから始めちゃっていいよー。』
「C’est meilleur!(すばらしい!)」
上機嫌に呟き、携帯をポケットに仕舞う、と同時に彼女は予定通りの場所にたどり着いた。
「さぁ、今宵もパーティーの始まりですわ。」
体育館横にある剣道場の扉を前に彼女は不敵な笑みを浮かべた。
首の辺りから制服の内側を探り、静かにネックレスを引き出す。
外見に似合わない革素材のネックレスの先には3cmほどの緋色の球体がぶら下がっていた。
…と、その球体が台座から外れ、重力を無視してふわりと宙に浮かんだ。
彼女は、周囲を連れそうように廻る球体を見て満足そうに頷くと、剣道場の扉を引いた。
本来であれば鍵が閉まっているはずの扉は何の抵抗も無く開き、彼女を暗闇の中に招き入れる。
「この由唯・一美と踊る勇気のある方はいるのかしら?」
楽しげなステップとともに彼女の姿が闇に溶け、消える。
開け放たれた扉が静かに閉まり、再び周囲には静けさの支配する空間だけが残った。
2章 - 1 -
放課後。
宇星は保健室へと来ていた。
「それで?怪我したわけでもなさそうだし…今日は何の用?」
輝名学院高校保健室の主、風嶋・美弥子は冷静を装いつつ宇星に声をかけた。
動きやすいジーンズにノースリーブのシャツというラフな格好の上から白衣を着ており、少し茶がかかった髪を頭の後ろで結い上げている。
曇った眼鏡を拭くそぶりを見せつつも視線がちらちらと移動する。
意識しないように努めてはいるが、どうしても机の上に置かれた『物』が気にかかるようだ。
「いやぁ、実はですね、みやちゃん先生にどーーしても頼みたいことがありましてお願いにきた次第ですはい。」
「頼みたいこと?」
保健室に常備している急須にお茶の葉を入れ、ポットからお湯を入れる。
風嶋の日本茶好きは校内でも有名で、することが無い時はいつでも日本茶を飲んでいるともっぱらの噂だ。
放課後になると仲の良い生徒が集まってはお茶会を開いているらしいが、今日は風嶋と綾茉の二人きりのようだ。
「実は…今度新しい部活を作ろうとしてるんですけど、みやちゃん先生に顧問をお願いしたいなー、と。」
「んー…。どんな部活?」
「それはですね…」
かくかくしかじか、とこれまでの経緯を説明する宇星。
「他の先生はほとんど何かしら部活の顧問をやってるし、こんなお願い聞いてくれそうなのってみやちゃん先生くらいしかいないんですよ。」
「んー…顧問ねぇ…。」
「先生も探偵物の小説とか好きじゃないですか。運動系の部活と違って顧問の先生が何かすることってほとんどありませんから、ご迷惑はおかけしないと思います。」
「ん…。」
することがない、とはいえやはり顧問となる以上、その部活で行われることへの監督責任が発生する。
そうそう簡単に受けられる話ではないことも事実である。
「もう頼れる人はみやちゃん先生しかいないんですよっ。ぜひ!ぜひ!お願いします!」
宇星が頭を下げつつ、背中に隠した『物』を机の上に置いてある『物』の上に重ねる。
「おっけー!先生に任せなさいっ!」
…風嶋・美弥子は日本茶好きであると同時に和菓子にもめっぽう目が無いのであった。
「ん〜〜〜っ。やっぱ日立家の駄菓子はおいしいわね〜。綾茉さんセンスいいわよ♪」
「そりゃもういろいろと調べてますから。」
市内でも有名な和菓子(駄菓子)のお店からわざわざ購入してきたお菓子という名のワイロをおいしそうに食べる教師と学生。
他の先生に見られたらそれなりに問題視されそうな光景だが…どちらもまったく気にした様子は無い。
「それにしても…はむっ。むぐむぐ…頼んでおいて何なんですが、保険医って普通の先生と同じ扱いでいいんでしたっけ?部活の顧問とか出来るのかどうか不安だったんですが…。」
「ん、それは綾茉さんの勘違いね。そもそも…(もぐもぐ)保険医なんて職業は無いのよ?」
宇星の湯呑みに新しいお茶を注ぎながら、説明を続ける。
『保険医』という職業は実際には存在していない。
いわゆる「保健室の先生」と言われている人は、正式には『養護教諭』と呼ばれる職種であり、教員免許を持った『先生』である。
養護教諭は通常保健室などに常駐し、校内における在学生の怪我や疾病等の応急処置を行う。
通常、養護教諭には医師・看護師の資格を有する必要は無い(資格を所持してはいけない、というわけではない)為、『学校の先生』ではあっても『学校にいる医師』ではない。
養護教諭とは別に、『学校医』(校医)と呼ばれる学校職員も存在しているが、こちらは教員ではなく医師であり、ほとんどの場合、非常勤教員である。
『保険医』という名称は、小説や漫画などで保健室に常駐する職員を指す名称として使われているが、実際には上記の『養護教諭』と『学校医』という別々の職業を合わせた架空の職業と言える。
「…そんなわけで、わたしみたいな『養護教諭』は他の先生と同様、部活の顧問を受け持つことだって出来るわけよ。意外と知らない子が多いんだけどね。」
「意外も何も…普通『養護教諭』なんて言葉知りませんよ…。」
「ん、そう?」
二人で空にした菓子箱をゴミ箱に捨て、もう一つの菓子箱は戸棚へと仕舞う美弥子。
別な日のおやつとして一人で楽しむ気満々である。
「そういえば、部員はもう集めたの?」
美弥子の問いに、新しいお茶を入れる為にポットに水を足していた宇星が声を上げる。
「一応、わたしと、たっく…井川くんと、転校生の日捺さんの3人が決定です。他にも何人か声をかえてるんですが…今の所いい返事はもらえてないですね。」
「日捺…あぁ、今朝職員室にいたあのちっさい子ね。ふぅん…。」
何やら思案気な表情の美弥子。
「日捺さんが…何か?」
「ん、いや、何でもないのよ。ちょっとかわいい子だったんで興味があっただけ。」
ごまかすように笑う美弥子に宇星はいぶかしげな表情を浮かべた。
「ふぅん…まぁ、別にみやちゃん先生がどんな趣味を持っててもわたしは構いませんけど。さて、そろそろ帰らないといけないんで今日はこれでー。」
「ん…?いや、ちょっと待って綾茉さん、趣味って何?趣味って。」
そそくさと片付けた荷物を後ろ手に後ずさる宇星。
「大丈夫です先生。先生が少女趣味だなんて誰も言ってませんから!それじゃっ。」
「今あなたが言ったでしょう!ちょっと待ちなさいっ!」
脱兎のごとく保健室から飛び出す宇星を追って美弥子も外へと飛び出して行った。
/******************************************************/
とりあえず2章では登場キャラの説明をしつつストーリーを進めていくということで。
いま2章の3を書いてるところですが、この分だと4で大きなイベントを起こして3章に続く感じかな、と思います。
なんか書いてるうちにどんどん設定が膨らんでいくんですが…。( ̄▽ ̄;
どうなることやらw
前回1章が終了したので、幕間2と2章の1をまとめて放出。
幕間2はもっといろいろと書こうと思ってたんですが、それだと幕間じゃなくなっちゃうんでこのくらいで。( ̄▽ ̄;
ダブルクロスについての詳細は下記のWikiを参照ということで。
・ダブルクロスWiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B9
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- 幕間2 -
夜。
既に深夜0時を過ぎ、校舎内は日中の騒がしさを想像出来ないほど静まり返っていた。
用務員の見回りも終わり、戸締りがされた校舎内には誰も残っていない…はずの校内で足音がした。
校舎から少し離れた位置にある体育館。
室内プールや部活棟とも繋がる通路を一人の女学生が歩いていた。
緩いウェーブのかかった金髪のロングヘアーを腰まで伸ばし、背筋をピンと伸ばして歩くさまは一見してお嬢様然とした雰囲気をかもし出している。
彼女は輝名学院高校指定の制服のポケットから真っ白な携帯電話を取り出し、歩を緩めずにどこかへと電話をかける。
「…誠くん?こちらは準備完了よ。いつでも始めて頂戴。」
最早声のみ聞けば名乗る必要も無しとばかりに要件のみを突きつける。
電話の相手もそれは承知しているようで、特に気にもかけずに話を続けた。
『りょーかい。真彩さんの方も準備は完了してるから始めちゃっていいよー。』
「C’est meilleur!(すばらしい!)」
上機嫌に呟き、携帯をポケットに仕舞う、と同時に彼女は予定通りの場所にたどり着いた。
「さぁ、今宵もパーティーの始まりですわ。」
体育館横にある剣道場の扉を前に彼女は不敵な笑みを浮かべた。
首の辺りから制服の内側を探り、静かにネックレスを引き出す。
外見に似合わない革素材のネックレスの先には3cmほどの緋色の球体がぶら下がっていた。
…と、その球体が台座から外れ、重力を無視してふわりと宙に浮かんだ。
彼女は、周囲を連れそうように廻る球体を見て満足そうに頷くと、剣道場の扉を引いた。
本来であれば鍵が閉まっているはずの扉は何の抵抗も無く開き、彼女を暗闇の中に招き入れる。
「この由唯・一美と踊る勇気のある方はいるのかしら?」
楽しげなステップとともに彼女の姿が闇に溶け、消える。
開け放たれた扉が静かに閉まり、再び周囲には静けさの支配する空間だけが残った。
2章 - 1 -
放課後。
宇星は保健室へと来ていた。
「それで?怪我したわけでもなさそうだし…今日は何の用?」
輝名学院高校保健室の主、風嶋・美弥子は冷静を装いつつ宇星に声をかけた。
動きやすいジーンズにノースリーブのシャツというラフな格好の上から白衣を着ており、少し茶がかかった髪を頭の後ろで結い上げている。
曇った眼鏡を拭くそぶりを見せつつも視線がちらちらと移動する。
意識しないように努めてはいるが、どうしても机の上に置かれた『物』が気にかかるようだ。
「いやぁ、実はですね、みやちゃん先生にどーーしても頼みたいことがありましてお願いにきた次第ですはい。」
「頼みたいこと?」
保健室に常備している急須にお茶の葉を入れ、ポットからお湯を入れる。
風嶋の日本茶好きは校内でも有名で、することが無い時はいつでも日本茶を飲んでいるともっぱらの噂だ。
放課後になると仲の良い生徒が集まってはお茶会を開いているらしいが、今日は風嶋と綾茉の二人きりのようだ。
「実は…今度新しい部活を作ろうとしてるんですけど、みやちゃん先生に顧問をお願いしたいなー、と。」
「んー…。どんな部活?」
「それはですね…」
かくかくしかじか、とこれまでの経緯を説明する宇星。
「他の先生はほとんど何かしら部活の顧問をやってるし、こんなお願い聞いてくれそうなのってみやちゃん先生くらいしかいないんですよ。」
「んー…顧問ねぇ…。」
「先生も探偵物の小説とか好きじゃないですか。運動系の部活と違って顧問の先生が何かすることってほとんどありませんから、ご迷惑はおかけしないと思います。」
「ん…。」
することがない、とはいえやはり顧問となる以上、その部活で行われることへの監督責任が発生する。
そうそう簡単に受けられる話ではないことも事実である。
「もう頼れる人はみやちゃん先生しかいないんですよっ。ぜひ!ぜひ!お願いします!」
宇星が頭を下げつつ、背中に隠した『物』を机の上に置いてある『物』の上に重ねる。
「おっけー!先生に任せなさいっ!」
…風嶋・美弥子は日本茶好きであると同時に和菓子にもめっぽう目が無いのであった。
「ん〜〜〜っ。やっぱ日立家の駄菓子はおいしいわね〜。綾茉さんセンスいいわよ♪」
「そりゃもういろいろと調べてますから。」
市内でも有名な和菓子(駄菓子)のお店からわざわざ購入してきたお菓子という名のワイロをおいしそうに食べる教師と学生。
他の先生に見られたらそれなりに問題視されそうな光景だが…どちらもまったく気にした様子は無い。
「それにしても…はむっ。むぐむぐ…頼んでおいて何なんですが、保険医って普通の先生と同じ扱いでいいんでしたっけ?部活の顧問とか出来るのかどうか不安だったんですが…。」
「ん、それは綾茉さんの勘違いね。そもそも…(もぐもぐ)保険医なんて職業は無いのよ?」
宇星の湯呑みに新しいお茶を注ぎながら、説明を続ける。
『保険医』という職業は実際には存在していない。
いわゆる「保健室の先生」と言われている人は、正式には『養護教諭』と呼ばれる職種であり、教員免許を持った『先生』である。
養護教諭は通常保健室などに常駐し、校内における在学生の怪我や疾病等の応急処置を行う。
通常、養護教諭には医師・看護師の資格を有する必要は無い(資格を所持してはいけない、というわけではない)為、『学校の先生』ではあっても『学校にいる医師』ではない。
養護教諭とは別に、『学校医』(校医)と呼ばれる学校職員も存在しているが、こちらは教員ではなく医師であり、ほとんどの場合、非常勤教員である。
『保険医』という名称は、小説や漫画などで保健室に常駐する職員を指す名称として使われているが、実際には上記の『養護教諭』と『学校医』という別々の職業を合わせた架空の職業と言える。
「…そんなわけで、わたしみたいな『養護教諭』は他の先生と同様、部活の顧問を受け持つことだって出来るわけよ。意外と知らない子が多いんだけどね。」
「意外も何も…普通『養護教諭』なんて言葉知りませんよ…。」
「ん、そう?」
二人で空にした菓子箱をゴミ箱に捨て、もう一つの菓子箱は戸棚へと仕舞う美弥子。
別な日のおやつとして一人で楽しむ気満々である。
「そういえば、部員はもう集めたの?」
美弥子の問いに、新しいお茶を入れる為にポットに水を足していた宇星が声を上げる。
「一応、わたしと、たっく…井川くんと、転校生の日捺さんの3人が決定です。他にも何人か声をかえてるんですが…今の所いい返事はもらえてないですね。」
「日捺…あぁ、今朝職員室にいたあのちっさい子ね。ふぅん…。」
何やら思案気な表情の美弥子。
「日捺さんが…何か?」
「ん、いや、何でもないのよ。ちょっとかわいい子だったんで興味があっただけ。」
ごまかすように笑う美弥子に宇星はいぶかしげな表情を浮かべた。
「ふぅん…まぁ、別にみやちゃん先生がどんな趣味を持っててもわたしは構いませんけど。さて、そろそろ帰らないといけないんで今日はこれでー。」
「ん…?いや、ちょっと待って綾茉さん、趣味って何?趣味って。」
そそくさと片付けた荷物を後ろ手に後ずさる宇星。
「大丈夫です先生。先生が少女趣味だなんて誰も言ってませんから!それじゃっ。」
「今あなたが言ったでしょう!ちょっと待ちなさいっ!」
脱兎のごとく保健室から飛び出す宇星を追って美弥子も外へと飛び出して行った。
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とりあえず2章では登場キャラの説明をしつつストーリーを進めていくということで。
いま2章の3を書いてるところですが、この分だと4で大きなイベントを起こして3章に続く感じかな、と思います。
なんか書いてるうちにどんどん設定が膨らんでいくんですが…。( ̄▽ ̄;
どうなることやらw
自作小説続きです。
ようやくヒロイン(予定?)も出てきて主要人物が揃いつつあります。
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- 幕間 -
既に世界は変革していた。
1980年代後半。中東某国の遺跡で発見された新種のウィルスが発見された。
レネゲイドウィルスと名づけられたこのウィルスは、生物に感染することにより宿主の遺伝子自体を書き換え、超常的な能力を発揮させるレトロウィルスの一種であることが判明した。
ウィルスを発見したアメリカ合衆国は至急本国への輸送を開始したが、その最中に輸送機が撃墜されるという事件が発生した。
成層圏で撃墜された輸送機から積荷のウィルスが全世界へとばら撒かれたことにより、現在では世界レベルで大量の感染者が確認されている。
情報規制により積荷の内容は公表されなかった為、現在でもこのウィルスの話は秘匿とされており、感染者やそれに関連する者達が知るのみである。
レネゲイドウィルスを身に宿し生きる者。
人は彼らをオーヴァードと呼んだ。
- 2 -
- ざわざわざわ
ホームルーム前の教室はいつものようにとりとめの無い雑談でざわついていた。
昨晩のテレビの内容を説明する者や今日の髪型を見せ合う者、放課後の過ごし方について相談する者など、大小いくつものグループに別れてめいめいの話に盛り上がる中、拓真は一人机に向かって漢字の書き取りを勉強していた。
「たっくん、もしかして国語の漢字テスト、勉強してこなかったの…?」
背後から覗き込んだ宇星が呆れたように呟く。
今日の一時間目は国語であり、既に2日前の授業で漢字テストを行うと通達されている。
今更詰め込んだところで限界はあるのだが、それでもやらないよりはマシという選択を取るのは真面目なんだか不真面目なんだか…。
「たっくんはやめろ。つーか今勉強してるんだから邪魔すんなって」
「『一夜漬け』ならぬ『その場漬け』ね。そんなので覚えきれるの?」
「大丈夫。俺のRAMはギガ単位だ。」
「RAMじゃ揮発性じゃないの…。ちゃんとHDDに書き込みなさいよね。」
RAMというのはコンピュータで使われるメモリのことで、動作は非常に高速だが電源を切ると内容がクリアされてしまうという欠点がある。
試験直前に詰め込んでもすぐに忘れるという自覚は当人にもあるらしい。
二人ともどちらかというとインドア派であり、パソコンは中学の頃から慣れ親しんでいる為、他の級友に比べると知識は深い。
おのずとこういった微妙な知識を使ったかけあいというのも日常の一部となっている。
「はいはい、みんな席に着きなさい。ホームルーム始めるわよー。」
そうこうするうちに担任の風都が来た為、拓真の『その場漬け』は強制終了となった。
朝のホームルームの後、1限目の授業が始めるまでにまだ時間があるので多少の余裕はある。
「きりーつ、きょうつけー、れいー」
「はい、おはようさん。さて、今日はいろいろあって忙しいのよねー。ちゃっちゃと終わらせるわよー?」
今日の風都の格好は、紺色のタイトスカートに白いシャツといういつもと同様の格好だったが、いつもであれば『うっとおしい』という理由で一纏めにしている腰まである黒髪をそのままにしていたり、校内にいる時はいつもかけている眼鏡をしていなかったりと、微妙に『忙しくて細かい所まで気が回らなかった』という雰囲気をかもし出していた。
「それじゃさっそく転校生の紹介ね。男ども喜べ。かわいい子だよー。日捺さん、入ってきていいわよー。」
(転校生…?)
既に新学期が始まって2ヶ月近く経ったこの時期に転校生というのも珍しい。
しかも、このクラスには既に新学期に一人転校生が来ているのだ。
同じクラスに転校生が二人続けて編入されるのはかなり珍しい状況と言える。
クラスがさらなるざわめきに包まれる中、入り口のドアを開けて一人の少女が入ってきた。
身長は150cm前後で、すらりとした体型だが、細いというよりは引き締まっていると言ったほうがよいだろう。
髪の毛は軽くウェーブがかかった黒髪で、後ろで細い三つ編みを1本垂らしている。
「あ、あの…、先生。か、かわいい子とか言われると入りにくいですから…」
「まぁまぁ、いいから自己紹介自己紹介、ね?よろしくー。」
「え、えーっと…。あの、ボクの名前は日捺・阿美と言います。父の仕事の関係でこんな中途半端な時期に引越しすることになりました。」
阿美が自己紹介をする横で風都が黒板に彼女の名前を書いていく。
「しゅ、趣味は本を読むことで、特に推理小説が好きです。あと、好きな食べ物は…」
「日捺さーん、お見合いじゃないんだからそこまで言わなくてもいいからねー?」
風都の突っ込みでどっと沸く教室。
拓真は一緒になって笑いながも頭の片隅で違和感を感じていた。
(なんだろう…彼女、どこか、懐かしい感じが…)
記憶には無いのだが、どことなく雰囲気が過去に会った人に似ているような感じ。
懐旧。
既視感。
「そんじゃ、日捺さんの席はー…井川の後ろの空いてる席でいいかな。」
風都の言葉に自然とクラス中の視線が拓真の後ろに注がれる。
それに合わせて阿美の視線も井川の方に向き…ぼんやりと過去の記憶に考えを巡らせていた拓真と、ふと、目が合った。
「!?」
瞬間、阿美の顔色が変わった。
驚愕。
一瞬浮かんだ表情は、しかし次の瞬間には元の困った笑顔に戻っていた。
クラス中の視線が拓真の後ろに向かっていた為、表情の変化に気が付いたのは拓真一人のようだった。
(なんだ…?今の…)
彼女は明らかに拓真の顔を見て驚いていた。
(彼女は俺のことを知ってるのか…?)
「騎馬ー。お前、転校生の先輩として日捺さんにいろいろと教えてあげてくれなー。」
阿美が拓真の後ろの座席に歩いていく間に風都が別な生徒に指示を出す。
騎馬・嵐。(きば・あらし)
新学期と同時に転入してきた男子生徒で、長身で容姿端麗、頭脳明晰といういろいろな意味でクラス中の憧れの的である。
県外の高校にいたらしいが、こちらも親の仕事の都合とかで家族ともどもS市に引っ越してきたらしい。
外見の割りに嫌味なところが無く、誰にでも親切に応対する為、1年の時から在学していれば生徒会長になれたのでは、とのもっぱらの噂である。
座席は阿美の右隣。つまり拓真の斜め後ろである。
「騎馬・嵐です。よろしく、日捺…阿美さん?」
「あ、えぇと…。よろしく、です」
(…?)
なんとなく、二人のやり取りがぎこちないような感じがしたのだが…特別確認するようなところもないので、首をかしげつつも拓真は意識を眼前へと戻した。
…と、目の端で動く影を見つけてふと目をやると前の方から丸めた紙が拓真の机に飛んできたところだった。
よく見れば前の方で宇星がこちらを見てニヤリと笑っていた。
嫌な予感が拓真の脳裏を掠める。
あの顔は何かおもしろいネタを見つけた時の顔だ。
丸まった紙を広げてみると、そこには宇星らしいきっちりした字体でメッセージが書かれていた。
『彼女、部員候補に完璧! 誘え誘えー!!』
なんとなく予想通りの内容にがっくりとくる。
とはいえ、他に部員候補の当てがあるわけでもない状況では断る理由も無い。
仕方なく了承のサインを送ると宇星は満足そうに頷いていた。
(まぁ、部活に誘うついでに世間話でも出来れば、昔会ったことがあるか確認出来るかもしれないしな)
とりあえず思考をポジティブに持っていって意識を切り替える。
今日はそんなことよりも漢字テストに集中しなければならないのだ。
「さて、転校生の紹介も終わったし、今日のホームルームはお終いー!」
「えー?」「それ早くねぇ?」「でも休憩時間増えるしなー」
普通ならもう少し出席を取ったり連絡事項があったりするのだがそれらもまったく無しというのは珍しい。
他の生徒からも不満半分、早く終わってうれしい半分といった反応がちらほらと見受けられる。
「さっきも言ったけどちょっと忙しいのよねー。あ、そうそう。そのせいで今日の1時間目は自習にするからねー。」
「…はぁ!?」
思わず大声を出してしまう拓真。
「何だー?井川、お前また当日に詰め込んでその場しのぎでもしてたのか?」
拓真の馬鹿正直な反応に風都の目がキラリと光る。
「あ、いや、なんでもないですはい!」
「ふーん?…ま、別にいいけどさ。次の漢字テストは抜き打ちでやるから気をつけろよー?」
「げ…マジかよ…」
拓真の反応に教室が笑いに包まれる。
日々真面目に勉強する、ということが苦手な拓真としては予定の判らない抜き打ちテストほど怖いものはなかった。
予定さえ判っていれば、冗談でもなんでもなく『一夜漬け』や『その場漬け』でほとんどの試験をどうにかしてきていたのだからある意味すごい。
「それじゃ何も無ければこれでほんとにホームルームはお終いねー。」
「きりーつ、きょうつけー、れいー」
挨拶とともに走り去るように教室を出て行く風都。
理由は不明だが本当に忙しいらしい。
「く…。今朝の俺の苦労は一体…」
拓真はいろいろな意味で打ちひしがれていた。
とはいえ、自業自得と言われればそれまでなのだが…。
(とりあえず、日捺さんを部活に誘わないとな…)
後ろを確認すると、既に席に彼女の姿は無かった。
「…あれ?」
「たっくん…遅い!」
げし。
背後から後頭部への一撃。
「ちょ…おま、何すんだよっ」
振り返れば宇星がチョップを放った状態で待ち構えていた。
「何すんだよ、じゃないわよ。たっくんがぼけーっとしてるから日捺さんと騎馬くん、どっか行っちゃったじゃないさ」
左手を腰に当てて右手をぶんぶんと振り回す。
放っておくとさらに追加の打撃が飛んできそうな勢いだ。
「うわわわわ。わかったわかった。どうせ校内の案内でもしてるんだろうからちょっと追いかけて話してくるよ」
彼らのクラスだけホームルームが早く終わった為、まだ校内を出歩いている生徒は少ない。
今なら走って追いかければ充分見つけられるだろう。
「ついでに騎馬くんも誘っておいてね。確か彼も部活とかやってなかったはずだから。」
「へいへい。りょーかいー。」
とりあえずこれ以上の追加打撃を避ける為にも早々に話を切り上げて拓真は廊下へと飛び出していった。
/******************************************************/
書き直すたびに風都先生のキャラが変わってたのは秘密だっ。(ぇー
しかし、どう見ても阿美よりも宇星の方がヒロインっぽいですよねぇ…。( ̄▽ ̄;
今後の阿美の活躍に期待ですw
ようやくヒロイン(予定?)も出てきて主要人物が揃いつつあります。
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- 幕間 -
既に世界は変革していた。
1980年代後半。中東某国の遺跡で発見された新種のウィルスが発見された。
レネゲイドウィルスと名づけられたこのウィルスは、生物に感染することにより宿主の遺伝子自体を書き換え、超常的な能力を発揮させるレトロウィルスの一種であることが判明した。
ウィルスを発見したアメリカ合衆国は至急本国への輸送を開始したが、その最中に輸送機が撃墜されるという事件が発生した。
成層圏で撃墜された輸送機から積荷のウィルスが全世界へとばら撒かれたことにより、現在では世界レベルで大量の感染者が確認されている。
情報規制により積荷の内容は公表されなかった為、現在でもこのウィルスの話は秘匿とされており、感染者やそれに関連する者達が知るのみである。
レネゲイドウィルスを身に宿し生きる者。
人は彼らをオーヴァードと呼んだ。
- 2 -
- ざわざわざわ
ホームルーム前の教室はいつものようにとりとめの無い雑談でざわついていた。
昨晩のテレビの内容を説明する者や今日の髪型を見せ合う者、放課後の過ごし方について相談する者など、大小いくつものグループに別れてめいめいの話に盛り上がる中、拓真は一人机に向かって漢字の書き取りを勉強していた。
「たっくん、もしかして国語の漢字テスト、勉強してこなかったの…?」
背後から覗き込んだ宇星が呆れたように呟く。
今日の一時間目は国語であり、既に2日前の授業で漢字テストを行うと通達されている。
今更詰め込んだところで限界はあるのだが、それでもやらないよりはマシという選択を取るのは真面目なんだか不真面目なんだか…。
「たっくんはやめろ。つーか今勉強してるんだから邪魔すんなって」
「『一夜漬け』ならぬ『その場漬け』ね。そんなので覚えきれるの?」
「大丈夫。俺のRAMはギガ単位だ。」
「RAMじゃ揮発性じゃないの…。ちゃんとHDDに書き込みなさいよね。」
RAMというのはコンピュータで使われるメモリのことで、動作は非常に高速だが電源を切ると内容がクリアされてしまうという欠点がある。
試験直前に詰め込んでもすぐに忘れるという自覚は当人にもあるらしい。
二人ともどちらかというとインドア派であり、パソコンは中学の頃から慣れ親しんでいる為、他の級友に比べると知識は深い。
おのずとこういった微妙な知識を使ったかけあいというのも日常の一部となっている。
「はいはい、みんな席に着きなさい。ホームルーム始めるわよー。」
そうこうするうちに担任の風都が来た為、拓真の『その場漬け』は強制終了となった。
朝のホームルームの後、1限目の授業が始めるまでにまだ時間があるので多少の余裕はある。
「きりーつ、きょうつけー、れいー」
「はい、おはようさん。さて、今日はいろいろあって忙しいのよねー。ちゃっちゃと終わらせるわよー?」
今日の風都の格好は、紺色のタイトスカートに白いシャツといういつもと同様の格好だったが、いつもであれば『うっとおしい』という理由で一纏めにしている腰まである黒髪をそのままにしていたり、校内にいる時はいつもかけている眼鏡をしていなかったりと、微妙に『忙しくて細かい所まで気が回らなかった』という雰囲気をかもし出していた。
「それじゃさっそく転校生の紹介ね。男ども喜べ。かわいい子だよー。日捺さん、入ってきていいわよー。」
(転校生…?)
既に新学期が始まって2ヶ月近く経ったこの時期に転校生というのも珍しい。
しかも、このクラスには既に新学期に一人転校生が来ているのだ。
同じクラスに転校生が二人続けて編入されるのはかなり珍しい状況と言える。
クラスがさらなるざわめきに包まれる中、入り口のドアを開けて一人の少女が入ってきた。
身長は150cm前後で、すらりとした体型だが、細いというよりは引き締まっていると言ったほうがよいだろう。
髪の毛は軽くウェーブがかかった黒髪で、後ろで細い三つ編みを1本垂らしている。
「あ、あの…、先生。か、かわいい子とか言われると入りにくいですから…」
「まぁまぁ、いいから自己紹介自己紹介、ね?よろしくー。」
「え、えーっと…。あの、ボクの名前は日捺・阿美と言います。父の仕事の関係でこんな中途半端な時期に引越しすることになりました。」
阿美が自己紹介をする横で風都が黒板に彼女の名前を書いていく。
「しゅ、趣味は本を読むことで、特に推理小説が好きです。あと、好きな食べ物は…」
「日捺さーん、お見合いじゃないんだからそこまで言わなくてもいいからねー?」
風都の突っ込みでどっと沸く教室。
拓真は一緒になって笑いながも頭の片隅で違和感を感じていた。
(なんだろう…彼女、どこか、懐かしい感じが…)
記憶には無いのだが、どことなく雰囲気が過去に会った人に似ているような感じ。
懐旧。
既視感。
「そんじゃ、日捺さんの席はー…井川の後ろの空いてる席でいいかな。」
風都の言葉に自然とクラス中の視線が拓真の後ろに注がれる。
それに合わせて阿美の視線も井川の方に向き…ぼんやりと過去の記憶に考えを巡らせていた拓真と、ふと、目が合った。
「!?」
瞬間、阿美の顔色が変わった。
驚愕。
一瞬浮かんだ表情は、しかし次の瞬間には元の困った笑顔に戻っていた。
クラス中の視線が拓真の後ろに向かっていた為、表情の変化に気が付いたのは拓真一人のようだった。
(なんだ…?今の…)
彼女は明らかに拓真の顔を見て驚いていた。
(彼女は俺のことを知ってるのか…?)
「騎馬ー。お前、転校生の先輩として日捺さんにいろいろと教えてあげてくれなー。」
阿美が拓真の後ろの座席に歩いていく間に風都が別な生徒に指示を出す。
騎馬・嵐。(きば・あらし)
新学期と同時に転入してきた男子生徒で、長身で容姿端麗、頭脳明晰といういろいろな意味でクラス中の憧れの的である。
県外の高校にいたらしいが、こちらも親の仕事の都合とかで家族ともどもS市に引っ越してきたらしい。
外見の割りに嫌味なところが無く、誰にでも親切に応対する為、1年の時から在学していれば生徒会長になれたのでは、とのもっぱらの噂である。
座席は阿美の右隣。つまり拓真の斜め後ろである。
「騎馬・嵐です。よろしく、日捺…阿美さん?」
「あ、えぇと…。よろしく、です」
(…?)
なんとなく、二人のやり取りがぎこちないような感じがしたのだが…特別確認するようなところもないので、首をかしげつつも拓真は意識を眼前へと戻した。
…と、目の端で動く影を見つけてふと目をやると前の方から丸めた紙が拓真の机に飛んできたところだった。
よく見れば前の方で宇星がこちらを見てニヤリと笑っていた。
嫌な予感が拓真の脳裏を掠める。
あの顔は何かおもしろいネタを見つけた時の顔だ。
丸まった紙を広げてみると、そこには宇星らしいきっちりした字体でメッセージが書かれていた。
『彼女、部員候補に完璧! 誘え誘えー!!』
なんとなく予想通りの内容にがっくりとくる。
とはいえ、他に部員候補の当てがあるわけでもない状況では断る理由も無い。
仕方なく了承のサインを送ると宇星は満足そうに頷いていた。
(まぁ、部活に誘うついでに世間話でも出来れば、昔会ったことがあるか確認出来るかもしれないしな)
とりあえず思考をポジティブに持っていって意識を切り替える。
今日はそんなことよりも漢字テストに集中しなければならないのだ。
「さて、転校生の紹介も終わったし、今日のホームルームはお終いー!」
「えー?」「それ早くねぇ?」「でも休憩時間増えるしなー」
普通ならもう少し出席を取ったり連絡事項があったりするのだがそれらもまったく無しというのは珍しい。
他の生徒からも不満半分、早く終わってうれしい半分といった反応がちらほらと見受けられる。
「さっきも言ったけどちょっと忙しいのよねー。あ、そうそう。そのせいで今日の1時間目は自習にするからねー。」
「…はぁ!?」
思わず大声を出してしまう拓真。
「何だー?井川、お前また当日に詰め込んでその場しのぎでもしてたのか?」
拓真の馬鹿正直な反応に風都の目がキラリと光る。
「あ、いや、なんでもないですはい!」
「ふーん?…ま、別にいいけどさ。次の漢字テストは抜き打ちでやるから気をつけろよー?」
「げ…マジかよ…」
拓真の反応に教室が笑いに包まれる。
日々真面目に勉強する、ということが苦手な拓真としては予定の判らない抜き打ちテストほど怖いものはなかった。
予定さえ判っていれば、冗談でもなんでもなく『一夜漬け』や『その場漬け』でほとんどの試験をどうにかしてきていたのだからある意味すごい。
「それじゃ何も無ければこれでほんとにホームルームはお終いねー。」
「きりーつ、きょうつけー、れいー」
挨拶とともに走り去るように教室を出て行く風都。
理由は不明だが本当に忙しいらしい。
「く…。今朝の俺の苦労は一体…」
拓真はいろいろな意味で打ちひしがれていた。
とはいえ、自業自得と言われればそれまでなのだが…。
(とりあえず、日捺さんを部活に誘わないとな…)
後ろを確認すると、既に席に彼女の姿は無かった。
「…あれ?」
「たっくん…遅い!」
げし。
背後から後頭部への一撃。
「ちょ…おま、何すんだよっ」
振り返れば宇星がチョップを放った状態で待ち構えていた。
「何すんだよ、じゃないわよ。たっくんがぼけーっとしてるから日捺さんと騎馬くん、どっか行っちゃったじゃないさ」
左手を腰に当てて右手をぶんぶんと振り回す。
放っておくとさらに追加の打撃が飛んできそうな勢いだ。
「うわわわわ。わかったわかった。どうせ校内の案内でもしてるんだろうからちょっと追いかけて話してくるよ」
彼らのクラスだけホームルームが早く終わった為、まだ校内を出歩いている生徒は少ない。
今なら走って追いかければ充分見つけられるだろう。
「ついでに騎馬くんも誘っておいてね。確か彼も部活とかやってなかったはずだから。」
「へいへい。りょーかいー。」
とりあえずこれ以上の追加打撃を避ける為にも早々に話を切り上げて拓真は廊下へと飛び出していった。
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書き直すたびに風都先生のキャラが変わってたのは秘密だっ。(ぇー
しかし、どう見ても阿美よりも宇星の方がヒロインっぽいですよねぇ…。( ̄▽ ̄;
今後の阿美の活躍に期待ですw
【ダブルクロス小説】『裏切りのSnow City』 1章 (1)
2007年1月12日 自作小説続いて第一章。
主人公も出てきてここからが本番…!
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S県S市。
東北地方に位置するこの街は特に有名な観光地があるわけでもなく、いわゆる「普通の田舎町」といった雰囲気の街だった。
冬になると街中が一面の雪に覆われることで有名だが、初夏の今頃は暖かく過ごしやすい天気が続いている。
「ん…。今日もいい天気だな。」
小さく伸びをしつつ井川・拓真は通いなれた通学路をゆっくりと歩いていた。
いつもは目つきが悪いとか三白眼などとからかわれる顔も今は眠そうに緩んでいる。
市内の公立高校に通う拓真は自宅から30分の距離を歩いて通学していた。
成績的には市外の有名校に通うことも出来たのだが、『通学がめんどくさい』という理由で近場の高校に通っている。
「今日は一限目から体育だったよな…。めんどくせぇ…。」
愚痴るわりにはさほど嫌がっているようには感じられない。
なんだかんだいって体を動かすことは嫌いではないのだ。
「や、おはよう。」
声とともにぽん、と肩を叩かれる。
首だけ振り返って後ろを見ると学校指定のブレザーを着た女生徒が立っていた。
「おう、宇星か。」
綾茉・宇星。(あやまつ・うらら)
拓真とは幼稚園時代からの幼馴染である。
ほっそりとしていて背は拓真より少し低い程度。
髪は短めにそろえており、黒縁の四角い眼鏡をかけている。
ぱっと見には真面目で固い印象を与えるが、実際には人懐っこくて女生徒からの人気も高い。
噂話が大好きでどこから仕入れたのか判らないような情報まで溜め込んでいるらしい。
小〜中学校までの間、親の仕事の都合で県外に引っ越していた拓真だったが、中学卒業と同時にまた生まれ故郷であるS市に戻ってきて、通い始めた高校で宇星と再会した。
家が近いので自然と通学途中で一緒になって登校することが毎日である。
「何よ、ずいぶん眠そうだけど…。どうかしたの?」
「あー…、いつもの。」
めんどくさそうに答える。
「例の…悪夢ってやつ?」
拓真は最近同じ夢をよく見ていた。
宇星には内容まで明かしていないが、人を殺すような夢は悪夢の一言で説明は不要というものだ。
その夢を見る時は決まって夜中に夜中に目が覚めて、その後はまったく眠れなくなってしまう。
「あんまり辛いようなら最近は睡眠補助薬とか売ってるから試してみれば?」
「あぁ…そうだな。」
実際のところ、宇星には言っていないことがもう一つある。
夢の内容が、少しずつ長くなっているということ。
夢を見始めた頃はすぐに終わっていたのだが、だんだんとその続きを見るようになっているのだ。
(夢なのに内容が同じで、続きがあるってか…。)
心の中でため息をつき、面倒な話題はこれで終わりとばかりに別な話題を切り出す。
「それより、こないだ言ってた話はどうなったんだ?」
「こないだ、って…探偵部のこと?」
キラーン、と宇星の眼鏡が光った…ような気がした。
「優香先生に確認したんだけど、新しい部活を作る場合、最低3人の部員と顧問の先生が必要で、生徒会長の承認がもらえればいいらしいのよねー。」
「ほうほう」
探偵部。
高校1年の終わりくらいから宇星が言い始めたもので、推理小説好きな彼女らしい発案と言える。
元々帰宅部だった拓真は宇星に強制的に参加を言い渡されていた。
拓真自身、1年間の高校生活において部活を何もしていないことに少なからずさみしさを感じていた為、『不承不承』その申し出を了承した。
「顧問の先生は優香先生にお願い出来れば一番だったんだけど…。」
「あー、風都先生は文芸部の顧問やってるからなぁ。」
風都・優香(かざと・ゆうか)は拓真や宇星のクラスの担任で国語の担当であると同時に小説執筆の趣味を生かして文芸部の顧問をやっている。
「今後の課題としては、もう一人部員の確保と顧問の先生を見つけること、か…。」
「そうね。顧問の先生の方は引き続きわたしの方で探してみるから、たっくんは部員になってくれそうな人を探してくれる?」
「判ったから『たっくん』はやめろ。」
「検討しとく。」
何気ないやり取り。
それだけで、思い悩んでいた気分が晴れやかになっていることを拓真は感じていた。
(…やっぱり、友達ってのはいいもんだよな)
/******************************************************/
続く。
えぇと…。
まだまだ登場人物は増えます!(ぇ
お、怒られるかにゃー。( ̄▽ ̄;
主人公も出てきてここからが本番…!
/******************************************************/
S県S市。
東北地方に位置するこの街は特に有名な観光地があるわけでもなく、いわゆる「普通の田舎町」といった雰囲気の街だった。
冬になると街中が一面の雪に覆われることで有名だが、初夏の今頃は暖かく過ごしやすい天気が続いている。
「ん…。今日もいい天気だな。」
小さく伸びをしつつ井川・拓真は通いなれた通学路をゆっくりと歩いていた。
いつもは目つきが悪いとか三白眼などとからかわれる顔も今は眠そうに緩んでいる。
市内の公立高校に通う拓真は自宅から30分の距離を歩いて通学していた。
成績的には市外の有名校に通うことも出来たのだが、『通学がめんどくさい』という理由で近場の高校に通っている。
「今日は一限目から体育だったよな…。めんどくせぇ…。」
愚痴るわりにはさほど嫌がっているようには感じられない。
なんだかんだいって体を動かすことは嫌いではないのだ。
「や、おはよう。」
声とともにぽん、と肩を叩かれる。
首だけ振り返って後ろを見ると学校指定のブレザーを着た女生徒が立っていた。
「おう、宇星か。」
綾茉・宇星。(あやまつ・うらら)
拓真とは幼稚園時代からの幼馴染である。
ほっそりとしていて背は拓真より少し低い程度。
髪は短めにそろえており、黒縁の四角い眼鏡をかけている。
ぱっと見には真面目で固い印象を与えるが、実際には人懐っこくて女生徒からの人気も高い。
噂話が大好きでどこから仕入れたのか判らないような情報まで溜め込んでいるらしい。
小〜中学校までの間、親の仕事の都合で県外に引っ越していた拓真だったが、中学卒業と同時にまた生まれ故郷であるS市に戻ってきて、通い始めた高校で宇星と再会した。
家が近いので自然と通学途中で一緒になって登校することが毎日である。
「何よ、ずいぶん眠そうだけど…。どうかしたの?」
「あー…、いつもの。」
めんどくさそうに答える。
「例の…悪夢ってやつ?」
拓真は最近同じ夢をよく見ていた。
宇星には内容まで明かしていないが、人を殺すような夢は悪夢の一言で説明は不要というものだ。
その夢を見る時は決まって夜中に夜中に目が覚めて、その後はまったく眠れなくなってしまう。
「あんまり辛いようなら最近は睡眠補助薬とか売ってるから試してみれば?」
「あぁ…そうだな。」
実際のところ、宇星には言っていないことがもう一つある。
夢の内容が、少しずつ長くなっているということ。
夢を見始めた頃はすぐに終わっていたのだが、だんだんとその続きを見るようになっているのだ。
(夢なのに内容が同じで、続きがあるってか…。)
心の中でため息をつき、面倒な話題はこれで終わりとばかりに別な話題を切り出す。
「それより、こないだ言ってた話はどうなったんだ?」
「こないだ、って…探偵部のこと?」
キラーン、と宇星の眼鏡が光った…ような気がした。
「優香先生に確認したんだけど、新しい部活を作る場合、最低3人の部員と顧問の先生が必要で、生徒会長の承認がもらえればいいらしいのよねー。」
「ほうほう」
探偵部。
高校1年の終わりくらいから宇星が言い始めたもので、推理小説好きな彼女らしい発案と言える。
元々帰宅部だった拓真は宇星に強制的に参加を言い渡されていた。
拓真自身、1年間の高校生活において部活を何もしていないことに少なからずさみしさを感じていた為、『不承不承』その申し出を了承した。
「顧問の先生は優香先生にお願い出来れば一番だったんだけど…。」
「あー、風都先生は文芸部の顧問やってるからなぁ。」
風都・優香(かざと・ゆうか)は拓真や宇星のクラスの担任で国語の担当であると同時に小説執筆の趣味を生かして文芸部の顧問をやっている。
「今後の課題としては、もう一人部員の確保と顧問の先生を見つけること、か…。」
「そうね。顧問の先生の方は引き続きわたしの方で探してみるから、たっくんは部員になってくれそうな人を探してくれる?」
「判ったから『たっくん』はやめろ。」
「検討しとく。」
何気ないやり取り。
それだけで、思い悩んでいた気分が晴れやかになっていることを拓真は感じていた。
(…やっぱり、友達ってのはいいもんだよな)
/******************************************************/
続く。
えぇと…。
まだまだ登場人物は増えます!(ぇ
お、怒られるかにゃー。( ̄▽ ̄;
【ダブルクロス小説】『裏切りのSnow City』 序章
2007年1月12日 自作小説かざとさんから「いつ龍樹さんの小説読めるのー?」とはっぱをかけられておりましたがとりあえず最初の方を書いたので公開してみようかなー、と。
まだ初稿で全体を書き上げてる最中に書き直したりするかもしれませんが。( ̄▽ ̄;
最終的にはどっかのサイトにまとめてアップしたいなぁ、と思ってるんですけどね。
とりあえず、内容についての諸所問題や文句、つっこみ、感想などはコメント欄でもメールでも構いませんのでお送り頂ければと思います。m(_ _)m
/******************************************************/
夢を見ていた。
いつもと同じ夢。
夢の中での自分はテレビ画面を通してその風景を見ているようで、どこか他人事のように感じられた。
だからすぐに夢だと判った。
始まりはいつも狭くて何も無い部屋。
壁も床も天井も真っ白で、天井のライトが反射してやけにまぶしく感じる。
窓は一つも無く、反対側の壁に扉らしきものが見える。
周囲を確認すると、まるでゲームが始まったかのように視線だけが移動を開始する。
まっすぐ進んで扉の前に立つと音も無く扉が開く。
もっとも、これまでにこの夢で音を聞いたことは一度も無い。
無音。
どこか病院の建物のような無機質な通路を音も無く移動する。
しかし病院ともどこか違う。
窓が一切無く、ただひたすらに真っ白な通路だけが続く空間は閉塞感のみを感じさせる。
と、通路の先の曲がり角からマシンガンを携えた兵隊らしき人達が数人現れた。
彼らはこちらに銃口を向けて口々に何かを叫んでいるが、何を言っているかまったく判らない。
こちらを牽制するように包囲する兵士達に向かって視線が一歩前に進む。
それが合図だったかのように兵士達の銃が一斉に火を吹く。
しかしなぜか弾丸はすべて見当違いの方向に飛んで行き、一発もこちらには当たらない。
よくよく見れば彼らは微妙にこちらとはずれた方向に銃口を向けて構えていた。
また視線が一歩前に進む。
合わせるように一歩下がる兵士達。
それと同時に兵士達に向かって光の波が走った。
光の波が彼らに触れた瞬間、まるで光に弾き飛ばされたように兵士達が吹き飛んだ。
その後も一方的な虐殺は続く。
何人も、何人も、兵士が現れては吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ、腕が飛び、足が飛び、首が飛び、それまで一面真っ白だった世界がじょじょに赤く染められていく。
もうやめろ。
そう叫んだところで夢は終わらない。
夢ですら自由にならない現実。
無情な夢は現実と同じ密度で精神を蝕んでいく…。
/******************************************************/
とりあえず序章なので判りやすいフリをしておいて次に繋げるということでw
まだ初稿で全体を書き上げてる最中に書き直したりするかもしれませんが。( ̄▽ ̄;
最終的にはどっかのサイトにまとめてアップしたいなぁ、と思ってるんですけどね。
とりあえず、内容についての諸所問題や文句、つっこみ、感想などはコメント欄でもメールでも構いませんのでお送り頂ければと思います。m(_ _)m
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夢を見ていた。
いつもと同じ夢。
夢の中での自分はテレビ画面を通してその風景を見ているようで、どこか他人事のように感じられた。
だからすぐに夢だと判った。
始まりはいつも狭くて何も無い部屋。
壁も床も天井も真っ白で、天井のライトが反射してやけにまぶしく感じる。
窓は一つも無く、反対側の壁に扉らしきものが見える。
周囲を確認すると、まるでゲームが始まったかのように視線だけが移動を開始する。
まっすぐ進んで扉の前に立つと音も無く扉が開く。
もっとも、これまでにこの夢で音を聞いたことは一度も無い。
無音。
どこか病院の建物のような無機質な通路を音も無く移動する。
しかし病院ともどこか違う。
窓が一切無く、ただひたすらに真っ白な通路だけが続く空間は閉塞感のみを感じさせる。
と、通路の先の曲がり角からマシンガンを携えた兵隊らしき人達が数人現れた。
彼らはこちらに銃口を向けて口々に何かを叫んでいるが、何を言っているかまったく判らない。
こちらを牽制するように包囲する兵士達に向かって視線が一歩前に進む。
それが合図だったかのように兵士達の銃が一斉に火を吹く。
しかしなぜか弾丸はすべて見当違いの方向に飛んで行き、一発もこちらには当たらない。
よくよく見れば彼らは微妙にこちらとはずれた方向に銃口を向けて構えていた。
また視線が一歩前に進む。
合わせるように一歩下がる兵士達。
それと同時に兵士達に向かって光の波が走った。
光の波が彼らに触れた瞬間、まるで光に弾き飛ばされたように兵士達が吹き飛んだ。
その後も一方的な虐殺は続く。
何人も、何人も、兵士が現れては吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ、腕が飛び、足が飛び、首が飛び、それまで一面真っ白だった世界がじょじょに赤く染められていく。
もうやめろ。
そう叫んだところで夢は終わらない。
夢ですら自由にならない現実。
無情な夢は現実と同じ密度で精神を蝕んでいく…。
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とりあえず序章なので判りやすいフリをしておいて次に繋げるということでw